002 初戦闘
目を開けると、俺は鉄で出来た檻に閉じ込められていた。
さっきのは夢?
どこから夢だった?
豚に生まれ変わったとこから?
自分の手を確認するも、そこには凜々しい偶蹄が。
夢じゃなかった……。
じゃあ、ここが異世界だってとこからか?
「ステータスオープン!」
ステータス画面は開き、『土豚の術』もちゃんと取得していた。
考えられるのは、スキルを使った事で魔力枯渇してしまい、意識を失ったってとこか。
そして、気絶している俺を見た餌係のおっちゃんが、薬で眠っていると勘違いしてそのまま出荷してしまったと……。
なんてこったい!
しかも、さっきは木で出来た柵だったのに、今は鉄の檻の中。
「状況悪化しとるやんけー!!」
俺はブヒヒー!!と盛大に遠吠えした。
「うぉう、びっくりしたぁ。なんじゃい、と畜場に着く前に起きちまっただか。薬がよう効かんかったんかぁ?まだ時間掛かるけぇ、ちぃと大人しくしといてくれや」
俺は後方から聞こえた声の主を確認した。
馬車を引く御者のようで、餌係のおっちゃんよりも少し年の行った50代くらいの白髪混じりのおっさんだった。
この世界で出会った2人目の人間だ。
この世界の人間達は俺を殺そうとする奴ばかりだな。
いや、食べ物として見ているだけか……。
だが俺は前世の記憶を持つエリート豚なのだから、易々と食われてやる訳には行かないのだよ。
とは言っても、鉄の檻に閉じ込められている現状ではどうする事も出来ない。
と畜場に着いたら檻から別の場所へ移されるだろうから、その時が最初で最後の逃げるチャンスかもな。
望みは薄いが、もうそこに掛けるしかない。
今は少しでも体力を温存しておく事にして、俺は檻の中で眠りについた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
突然ガタンと大きく馬車が揺れたために、俺は目を覚ます。
寝ぼけ眼で辺りを見回すと、馬車はまだ走り続けていて、どこかの森の中を走行しているようだった。
寝過ごしてお肉にされてなくて良かった……。
しかし妙に揺れが激しいところを見ると、かなり移動速度が上がってるみたいだな。
何かあったんだろうか?
俺が確認の為に御者のおっさんの方を向くと、おっさんもこっちを見ていた。
よそ見運転すんなよ。
いや、良く見るとおっさんの目は俺ではなく、俺の後ろにある何かに向いていた。
そしてその驚愕に見開かれた眼は、俺の背筋に冷たいものを走らせる。
まさかと思い、俺もおっさんの見ている何かを確認する為に首を捻ると――そこには狼のような何かが馬車を追うように駆けて来ていた。
「うあぁあっ! 何で魔物がこんな森にぃ!? お、追いつかれる~!!」
おっさんが必死に叫びながら馬に鞭を入れ続ける。
魔物か。なんか納得したわ。
狼のような何かと言ったのは、眼が赤く、黒い靄のようなものを纏っていて、とても真面な動物だとは思えなかったからだ。
そりゃあ、おっさんも必死になって逃げるわな。
俺は檻に守られてるから、ちょっと余裕あるけどね。
でも魔物が鉄の檻を壊すぐらい攻撃力があったら拙いし、とりあえず「おっさん頑張れ~」と応援してみる。
俺がブヒブヒ言ってたら、おっさんが突然目を見開いて俺を凝視した。
ん?何か嫌な予感が……?
「そうだ! お前がいたんだ! アッ、『解錠』!!」
おっさんが叫ぶと同時に、馬車の後方で、檻に掛かっていた錠前が消失する。
なんだ今の?魔法で鍵を解錠とか出来るのか?
異世界すげえ!……って、おい、おっさん、まさか……?
ガクンっと石に躓いた馬車が大きく跳ねて、俺の豚体が宙を舞う。
「うああっ!」
そして、そのまま錠の開いた鉄の檻の扉に激突して、馬車から放り出されてしまった。
「すまねぇ、お前を食ってやれなくてっ! せめて成仏しろよ!!」
ゴロゴロと転がる俺の耳に届いたのは、俺を囮にして逃げ出していくおっさんの声。
「ふざけんなぁぁぁ!!」
人間に食われるのは嫌だけど、魔物に食われるのだって嫌に決まってるだろ!
俺は真っ直ぐに狼の魔物へ向かって転がって行った……が、狼が避けた事で止まる事なく、そのまま木に激突した。
「ぐえっ!」
強かに背中を打って、一瞬呼吸が止まる。
おのれ御者のおっさん、覚えてろよ。
次会った時、必ず仕返ししてやるからな!
次が有ったらの話だけど……。
案の定狼の魔物は、追いつく事が困難な馬車ではなく、安易に牙に掛けられそうな俺を選んだようだ。
追いかける事を止めてその場に留まり、赤い瞳でこちらを睨みながら、ゆっくりと近づいてくる。
どうしよう?
豚の足じゃあ狼から逃げ切れるとはとても思えない。
とすれば、選択肢は一つだ。
「やったるで! かかってこいやぁ!!」
俺のブヒヒィ!という雄叫びに苛立ったのか、狼は急激に加速してこちらへ迫って来た。
俺は短い前足を少し曲げて前傾姿勢になり、狼を迎え撃つ体勢をとる。
そして、狼があと数mまで迫ったところで、切り札を行使した。
「『土豚の術』っ!!」
「ぎゃわんっ!」
地面から飛び出した円錐状の土の塊が、狼の足を下から貫いた。
俺のイメージ力の勝利だ。
豚舎で使った時は四角い穴を空けただけだったけど、土を操るイメージで逆に棘状に盛り上げてみた。
しかも、硬化するイメージもちゃんと伝わったようで、ブスリと狼の足を串刺しに貫いている。
魔力の枯渇で倒れる訳にはいかないので、小さめで作った棘だからダメージは少ないかも知れない。
でもそれで充分。
一瞬怯んだ狼目掛けて、俺は後ろ足に力を込めて全力で突進した。
人間で脂肪分が多い人を豚と揶揄する事が多いが、実際の豚は体脂肪率20%未満の超筋肉質なんだぜ!
「おらぁ!!」
「ぶぎゃん!!」
顔面に思い切り頭突きしてやると、狼は悲鳴のような鳴き声を上げてよろめいた。
そこを逃さず、俺は追撃して素早く狼の首筋に噛みつく。
豚の噛む力は凄まじく、人間の指ぐらいなら簡単に引きちぎってしまう程強力だ。
俺の牙によって一撃で喉笛を引き裂かれた狼は、数秒間痙攣した後、そのまま動かなくなった。
初戦闘勝利!!
……そして、ここは何処だ!?




