013 市場
俺は多くの視線を集めながら中央通りを闊歩する。
豚が珍しいのか、豚にまたがった女性が珍しいのか。
俺は豚だからいいけど、カレンはこれだけ注目を集めているのに恥ずかしくないのだろうか?
ちらりと俺は背に乗るカレンを見てみると、実に誇らしそうだ。
本人がいいんなら、いいか……。
っていうか、さっきギルドで普通に歩いてたくせに、なんで街中移動するのにまた俺に乗った?
別に重くは無いけど、馬とは感性が違うのか、あんまり乗せたくない気持ちになってしまう。
でもこれからカレンのお金でご飯を食べさせてもらうんだし、多少は我慢するか。
程なくして噴水を囲むように市場が開かれている場所に到着した。
たぶんここが街の中心部なのだろう。
多くの人が買い物したりして賑わっている。
そして、めっちゃいい臭いが漂ってるんだよなぁ……。
俺はフラフラと臭いのする方へ向かう。
そこは何の肉か分からないけど、串に刺したでかい肉を焼いている屋台だった。
普通の人間なら一本で一食分まかなえる程のどでかい肉だ。
俺が串焼き屋の前で立ち止まると、肉を売ってるおっさんが話しかけて来た。
「うぉ、豚!?お前、自ら食べられに来たのか?」
ちゃうわ。
肉に鼻を近づけてふごふごと鳴らしてみる。
「ポーク様、その肉が食べたいのですか?」
カレンにしては珍しく、ちゃんと俺の意思を汲んでくれたようだ。
首肯して一鳴き「ぶひ」と言ってみた。
「承知しました。串焼きを一つください」
む?一つだけかよ……。
いや、まだ他の屋台も行ってみたいし、ここで満腹になる訳にもいかんな。
カレンは買ってくれた串焼きを皿に乗せてくれた。
「おいおい嬢ちゃん、串がついたままじゃそいつは食えないだろ……って、食ってる!?」
俺はお利口な豚なので、串を前足で加減して押さえながら肉を頬張っていった。
「ぶひひっ!(うんまっ!)」
何これ、めっちゃ美味い。
素材となってる肉は元より、タレももの凄く美味い。
このタレ明らかに魚醤とは違う風味、もしかして醤油が使われてるのか?
異世界転生ものだと醤油とか味噌が無くて前世の料理が再現できないとかいうのが鉄板だが、この世界では少なくとも醤油があるのか。
人とコミュニケーションがとれるようになったら、是非とも入手したいところだ。
と俺がぶひぶひ言いながら肉を頬張っていると、小綺麗な男が一人こちらへ近づいて来た。
「やぁカレン。まだ冒険者なんてやっているのか?そろそろ観念して僕の下へ来たらどうだい?」
短い金髪を油で固めてぴっちりオールバックになっている男。
服装は白を基調にしたスーツのような服を着ている。
貴族か何かかな?
俺は今食事中だし、カレンの知り合いらしいからカレンが応対するだろう——って思ってたけど、カレンってばガン無視。
無視されたオールバック君は顔真っ赤でちょっとプルプル震えている。
「美味しいですか、ポーク様。他の店も周ります?」
完全に視界の外に追いやられてるオールバック君。
カレンにこんな態度取らせるなんて、いったい何やったんだ君は?
まぁ何か物言いが上からだったから、女性からは嫌われそうだけど。
俺様かっこいいなんてのは、いくらナーロッパでも時代後れだと思うぞ。
「カレン、僕を無視するなっ!」
直接無視するなって言っちゃった。
そしてカレンは面倒臭そうにオールバック君の方を見る。
「何か用ですかオルバーク様?」
無視するなって言ったくせに、冷たい視線を浴びてたじろぐオールバック——もといオルバーク君。
俺も前世でモテなかったから分かるが、自分の想いが全く相手に届かないって辛いよな。
そんな時は固執せずに次に行く方がいいんだぞ。
相手の気持ちが変わる事なんて、まぁほぼ無いから。
「ま、まだ冒険者なんてやってるのかと言ったんだ!僕の下へ来れば贅沢出来るんだぞ!」
「私はこれでもDランクの冒険者なので、お金には困ってません。お話がそれだけでしたら失礼します」
バッサリですな。
オルバーク君、またプルプルしてるし。
俺はがんばれよという激励のつもりで
「ぶひっ」
と鳴いてやった。
それを聞いたオルバーク君は、
「な、何だこの豚はぁっ!?僕をバカにしてるのかぁっ!!」
何故か突然怒り出して、俺の腹に思い切り蹴りを入れて来た。
そしてボキッ!という骨が折れる音が周囲に響く。
「ぎゃあああああっ!!あ、足が折れたあああああっ!!」
蹴ったオルバーク君の足の方が折れてしまった。
そりゃあ豚の筋肉質な身体を、鍛えてもいない人間が蹴ったら怪我するに決まってるだろ。
しかも俺はさっき名付けしてもらってレベルが8まで上がってるんだから、肉体の強度もかなり上がってる筈だ。
鑑定無しでも、貴族のお坊ちゃんより俺の方が強いって分かるわ。
やれやれと溜息をついてたら、俺の周囲をオルバーク君の護衛らしき人達数人が囲んできた。
あれ?正当防衛どころか防衛すらしてないけど、ひょっとして俺やばい?