001 吾輩は豚である
新作です。
吾輩は豚である。
何でこうなった?
確か俺は前の人生を終えて、神様から前世の記憶を残したまま転生させて貰った筈だ。
「次の生では何を望む?」と神様が聞いてくるから、「前世の記憶を維持したまま転生させて欲しい」って言ったら、「お前、勇者だな」みたいな感じで驚かれた。
それを聞いた俺は、異世界転生して勇者になれるのかとほくそ笑んだのだが、あれは無謀な事だと揶揄してただけかよ。
さて、続けよう。
吾輩は豚である。名前はまだ無い。
あっ、いつも餌を持ってきてくれるおっちゃんが豚舎の扉を開けて入って来た。
「お~い、217番。こっちゃこ~い」
吾輩の名前、217番だったでござる……。
情緒もクソもねぇ!
木造の建物の中、柵で区切られた部屋に俺と同じ姿をした兄弟達数十匹が所狭しと動き回っていた。
ここは明らかに養豚場だ。
……ってことは、俺の寿命は僅か半年足らずかよ。
そりゃあ半年で終える生に「前世の記憶を維持したまま転生したい」なんてお願いしたら、勇者って言われるわな。
おっちゃんが俺の口を無理矢理開けさせて、カプセルのようなものを投げ込んだ。
「よ~し、じゃあ2時間ぐらい経ったらまた来るけ~の~」
おっちゃんが扉を開けて、豚舎を出て行った。
俺は扉が完全に閉まるのを確認してから、おっちゃんが口に放り込んだカプセルを「ぺっ」とはき出した。
以前このカプセルを飲まされた他の豚は、連れていかれたまま戻って来なかったからな。
きっとドナドナされてお肉になってしまったんだろう。
つまり吾輩の余命、半年どころか既に風前の灯火だったでござる。
「あほかぁぁぁ!! 前世の記憶持って転生した意味ねぇええええ!!」
日本語なんて発声出来ないので、俺の叫びはただ「ブヒィィィ!!」と響き渡るだけだった。
発声出来たらおっちゃんに命乞いするわ。
呑気に毎日餌食って寝てる生活してたら、何時の間にか半年経っていたのか。
「おい、うるせぇぞ。今は飯来てないんだから、寝てろ」
俺の兄弟が話しかけてきた。
「ああ、ごめんよ」
豚語は何故か話せるんだよね。
チート能力として翻訳スキル貰えば良かったのかな?
いや、それだと前世の記憶を引き継げなかったから、今の危機的状況に気付けないまま寿命を終えていただろう。
おっちゃんの話してる言葉は理解できるんだけどな。
yesかnoで応えられる質問してくれたら意思の疎通もできるのに……。
とりあえず、なんとかしてここから逃げ出さねば!
幸い、日本のシステム化された養豚と違って、おっちゃんの管理は杜撰だ。
牙やしっぽを切ったりしないし、豚舎も木造で、仕切りは木の板で簡易的に作られたものだ。
この程度なら、思いっきり体当たりすれば破壊出来るんじゃないだろうか。
しかし、大きな音を出せばおっちゃんが気付いてしまうだろうし、走って逃げても運動不足の豚の足では追いつかれるのがオチだ。
なんとか気付かれずに逃げる方法は無いのか?
前世の記憶をフル動員して考えるが、こんな状況は想定外過ぎて何も思い付かねぇよ……。
……そしてそのまま1時間が経過してしまった。
「何も思いつかん!前世の記憶を持ってても、所詮脳は豚並なのか?」
俺の苛立ちを煽るかのように、小さな蠅が鼻の近くをブンブンと飛び回る。
八つ当たりに前足でプチっと叩きつぶしてやった。
『レベルが上がりました。スキルポイントを1獲得しました。』
同時に俺の頭の中で、声優のナレーションのような美しい声が響いた。
何これ?
まさか……?
餌くれるおっちゃんが普通に日本語話してたし、豚舎は木造だからちょっと田舎の日本なんだと思ってたけど……ここって異世界なのか!?
さっきの声って、ラノベとかでよくあるレベルアップの声だろ?
よく、体の周りに集って来てた蠅をプチプチ潰してたけど、経験値が貯まってレベルが上がったのかも知れない。
もし本当にここが異世界なら、あれが出来る筈。
「ステータスオープン!」
俺が叫ぶと、それに呼応するように目の前に文字と数列が、ぼんやりと光りながら浮かび上がった。
キタアァァァ!!
そうだよな、転生する時にわざわざ神様が出てくるって事は、異世界転生のフラグだよな!
でも俺、異世界で何かしろって言われてないけどいいのかな?
まぁ、豚に期待されても困るし、そこは考えないでおこう。
兎に角、これで僅か半年で終わってしまう筈だった俺の豚生が、10年ぐらいまで増える事になった。
人間よりかなり短いけど……。
一先ず、ステータスを見てみよう。
名前:217番
種族:豚
職業:養豚
レベル:2
生命力:12/12
魔力:3/3
腕力:18
敏捷度:7
スキルポイント:1
魔法:無し
スキル:前世の記憶、言語翻訳
おおぅ……、普通だ。
特筆すべきチートな強さとかは何も無い、只の豚だった。
餌くれるおっちゃんの言葉が日本語に聞こえてたのは、言語翻訳が最初から有ったからなのか。
これは神様がサービスしてくれたのかな?
翻訳出来ても声帯が豚だからヒアリングオンリーだけど。
とりあえずその辺はどうでもいい。
時間が無いから、今は脱出の方法を探るのが先決だ。
前世で読んだラノベの知識によると、スキルポイントを使ってスキルを覚えてチートするというのが定番だな。
僅か1ポイントしかないけど……今はこれが生命線。
さて、どうやって使うんだ?
「スキルポイント使ってスキルを覚えたい!」
とりあえず叫んでみた。
すると三○琴乃さんのような美しい天の声(仮称)が、俺の脳内に響き渡る。
『取得したいスキルを選んでください』
声と共に、ステータス画面とは別ウィンドウで取得出来るスキルの一覧が表示される。
土豚の術 必要スキルポイント1
鑑定 必要スキルポイント1
豚牙 必要スキルポイント1
三択か……迷うな。
スキルの詳細は見れないので、恐らく鑑定を取得する必要があるのだと思う。
しかし、鑑定を取得してもこの豚舎から逃げ出せるとは思えない。
豚牙ってのは牙が生えるスキルか?
イノシシみたいになるんだろうか?
攻撃力が上がるのはいいけど、ここから逃げるのにはちょっと向かないかな。
消去法ではあるけど、土豚の術ってのが一番良さそうだ。
魔法的な何かを期待するとこだが、最悪忍術的なものでもいいと思う。
『土とん』の遁が豚になっているのはちょっと気になるけども。
「でも、これに決めた! 『土豚の術』を取得!!」
スキル一覧の画面を偶蹄でポチッと押すと、天の声で『スキル土豚の術を取得しました』と頭の中に流れる。
よし、これで脱出を試みるぞ!
『土豚の術』って事は、きっと穴を掘って隠れる系のスキルだろう。
つまり、このスキルによって脱出を試みるならば、壁の下に穴を掘って、そこから抜け出すのが理想的だ。
俺は豚舎の薄汚れた木造の壁に近寄って、地面のなるべく柔らかそうな場所を探す。
「この辺がいいかな? いくぞ! 『土豚の術』っ!!」
俺がブヒーと叫ぶと、ボコン!っという音と共に……5cm角の穴が開いた。
「……おぃ」
ちっさ!穴ちっさ!
成豚サイズの俺が通れる訳がない。
いや、子豚でも5cm角程度に入れる訳ないだろ。
そもそも、壁板が埋まっている下まですら掘れてない。
待て待て、まだ慌てるような時間じゃないぞ。
今のは初めて魔法?を使ったから、慣れて無かったんだよきっと。
あと、魔法ってイメージ力が大事って言うじゃん?
もっと魔力を込めて、しっかりと大きな穴をイメージすれば大丈夫な筈。
「よし、もう一度。『土豚の術』!」
ボコン!っという音と共に……10cm角の穴が開いた。
――なんでやねん!
俺はスキル相手にツッコミを入れようとしたが、その声が発せられる事は無く、唐突に意識が闇の中へと落ちて行った。




