第56話 嘘と隠し事(1)
やがてダイニングテーブルに並んだのは、くるみ手製の料理の数々だった。
サラダに魚介たっぷりのクラムチャウダー、秋刀魚と冬野菜のチーズグリル、鶏肉と茸のレモンソテー。それからお好みのものを選べるようにごはんとパン。
並べられた料理をみて、つばめと湊斗はそろって目を輝かせる。
「待ってすごい豪華! これ全部くるみんがつくったの?」
「サラダの野菜は碧くんが。私担当のも、どれもあまり手間はかからないし、そんなに難しくないわよ。スープとグラタン皿は熱いから火傷しないように気をつけてね」
エプロンの紐を解きながら、慎ましやかに応じるくるみ。
「いやいや手間はかからないって言ったって……高校一年生でここまで料理できる人の方が少数派だろうに」
全員が席についたところで、くるみの「どうぞ召し上がれ」の言葉を合図に、揃っていただきますをした。
碧はまずグリルを取り分けてひとくち頂く。
柔らかくとろけたじゃがいもとチーズが絡み合い、脂の乗った秋刀魚や葱の風味と相まっていくらでも箸が進んでしまう。
「すごい美味しい」
「ありがとう、口にあったならよかった。おかわりもたくさんあるからね」
隣に座るくるみはほっと安堵したように微笑んだ。
「俺このスープすごい好き。優しい味わいで染み渡ってくる」
「ねえねえくるみん、これめちゃめちゃ美味しい! どうやってつくってるの?」
湊斗の感想に続き、向かいの席のつばめが興味津々で尋ねてくる。
「自家製の刻んだ塩レモンに鶏肉を漬け込んでから焼いただけ。チーズ料理もあるし、爽やかな味わいにしたかったから刻んだローズマリーもいれているのよ」
「もう発想が料理上手のそれ。私ならそのまま塩だけで焼いて食べちゃう」
「ていうかただでさえ学年首席の天才で有名なのに、さらに料理まで得意ってすげえのな。前世でよほど徳を積んだに違いない」
「一番はくるみさん本人の努力の成果だから」
「へえ? さすが碧は分かってるなぁ?」
「あのね……」
わいわいと取り分けながら、くるみの料理に舌鼓を打ち、あっという間に大皿は料理の痕跡なく空っぽになる。ごちそうさまと共に、各々椅子にもたれた。
「くるみんごちそうさま! すっごく美味しくてびっくりしちゃった」
「うん、お粗末さま」
「碧が幸せ者すぎて羨ましすぎる」
「本当ねー。あ、ごちそうになったんだしお皿は私が洗うよ」
いそいそと食器を重ねるつばめに、碧はつい先ほどの光景を思い出して訊いた。
「つばめさん料理の写真撮ってましたよね。もしかしてインスタに載せるの?」
「だってあんなに美味しそうなんだもん、そりゃ撮るよ。ちなみにくるみん、載せても大丈夫? ストーリーに写真あげようかなって思ってたんだけど。嫌ならいいよ!」
「ぜんぜん構わないよ。私もあとでいいねしておくね」
「あれ、楪さんもSNSしてるんだ。意外も意外だな」
「つばめちゃんに誘われて初めてみたんです。投稿しないで他の人のを見てるだけですけどね」
キッチンに大皿を運びながらつばめが言う。
「くるみんも確か写真撮るの好きだったよね? 折角なら載せればいいのに。……そうだ! 今度この四人で遊びに行こうよ。この辺とかじゃなくてもっと遠くに。日帰りで行って帰ってこれる海とかを見にさ!」
つばめの突拍子もない提案に三人は思わず目を見合わせて、まずは湊斗が存外よい反応を見せた。
「海か、いいなそれ。けどさすがに真冬に海は凍えるだけだし期末試験もあるから、行くとしたら春休みになってからか? そしたら足くらいなら入れるだろ」
「一ヶ月半後か。くるみさんは予定大丈夫?」
「春休みはまだ予定は入っていないからいつでも大丈夫よ。……なんかいいわね、同級生みんなで遠出するって。高校生みたい」
「くるみん。みたい、じゃなくて高校生なんだよ私たち」
「ふふ、そっか。そうだったね」
くるみの表情にはそこはかとなく淡い歓喜が滲んでいた。友達同士だけで遊びに行くこと自体今まであまりなかったと言っていたのを思い出す。
となればこれは絶好の機会だろう。
「じゃあ早速LINEのグループつくっちゃうね! 楽しみだねー。行き先は鎌倉かなー七里ヶ浜かなー江ノ島かなあ。どこ行くかみんなで話し合って決めようね!」
「「賛成ー」」
その後もとけかけのアイスみたいにのんびりと、それでいてゆるゆるとした勉強会を再会した。時にお土産のドーナツをつまみ、時には旅先の海でしたいことや行きたい店を話し合いながらペンを動かし夕刻に解散となった。
つばめはお母さんが車で迎えに来て、くるみも家は近いのだがせっかくなので一緒に送ってくれることになったそうだ。
「あれ、湊斗は帰らないの? お母さん湊斗のことも乗せてくれるってよ?」
荷物をまとめて玄関に向かうつばめが、いまだにリビングでまったりしている湊斗を振り向いて尋ねた。
「あー俺はいいや。まだ碧と話したいことあるから」
「ふうん。男同士の語り合いってやつ?」
「そう。たとえば彼女ができたら夏休みにどういうデートしたいかとかさ。ちなみに俺は横浜に行って中華街の食べ歩きして小籠包を味見交換とかしてみたいと思ってる。あわよくば観覧車に乗ってみなとみらいの夜景も一望したい」
「うわあ……」
「ちょっとこいつら独り身のくせにどこまで夢見てるんだよみたいな目で引かないで俺本気で泣いちゃうから」
「こいつらって僕まで一括りすんの止めてくれないかな」
本気でがっくり来てそうな湊斗に追い討ちをかける碧。笑いながら先にマンションの廊下に出るつばめを追って湊斗がリビングを出る。
碧も見送りで外に出るため自室でマウンテンパーカーを羽織ったところで「あー楪さん、碧のことなんだけどさ」と、廊下からひそひそと湊斗の声が聞こえてきた。
「確かにあいつは言葉選びが下手だし、のぼーっとしてて何考えてるか分かんない時あるし見てて危なっかしい時あるけど、誰よりも優しくて……いい奴なんだよ。だから楪さんに一つお任せしたいというか、これからも仲良くしてくれると嬉しいなと」
「ここに本人がいるんだけど。湊斗は僕のことそういうふうに見てたんだ?」
思わぬ罵倒と賛辞に隠せぬにやにや笑いで湊斗の背後に立つと、湊斗はばっと振り向いて慌てふためき、すぐ意味深に笑い返す。
碧は自分で自分を優しい人間と思ったことはない。碧の優しさとされる人助けは、ただ自分の夢や叶えたいことの副産物としての行動であり、誓いに沿っただけだからだ。
湊斗の言葉は正直なところ嬉しかったのだが、ここで素直に喜ぶのは気恥ずかしいから「男に褒められてもな」とごまかそうとしたところで、くすりとくるみの細やかで淡い笑い声が届いた。
「……はい。碧くんが心優しいことも、強い人であることも、気遣いの出来る人であることも、一緒にいる中で分かってます」
彼女からこんなまっすぐな賛辞が出たこと、そしてそれが自分に向けられたことに信じられない思いで見つめていると、
「だから、任されました」
花咲くような笑みを見せたくるみに脈がどきりと跳ね、今度はまともに直視することが出来なくなり、照れ隠しに柔らかな髪をわしゃわしゃ撫でようと右手を持ち上げかけ——すんでのところで湊斗がいることに気がついた。
こんなふうに真っ直ぐに褒めてくるなんて、ずるい。
——どうして僕相手に、そこまで透明で真っ直ぐな笑みを見せてくれるんだろう?
今彼の方を見ればまた目線で弄られそうな気がしたから、ひと足先に玄関外の廊下に出て、くるみが出てくるまで地上七階の風邪を浴びながら一人黄昏れていた。
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