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第49話 冬休み明け(3)

 湊斗が全員にドリンクを行き渡らせ、ようやく場の空気が整う。


 最初になんとか言葉を捻り出したのはくるみだった。ほわほわと湯気が立つショコラショーはそっちのけで、気まずさと申し訳なさ半々といった風情で謝る。


「……ごめんなさいつばめちゃん、本当は今日言うつもりだったんだけれど」


 が、しゃちこばる二人に、つばめが思わぬあっけらかんさで瞳を輝かせた。


「えーふたりって友達だったんだ! ってことは、これからは四人で遊べるってことだよね? ねっ湊斗」


 話を振られた湊斗は腕を組んで神妙な面持ちだ。


「まあ。碧が楪さんと話したことあるってのは知ってたにしろ、連絡取り合うほどの仲なのは知らなかったよ。けど、もし俺も同じ立場なら誰かに話すか悩むところだしなぁ」


「いやーそうじゃないでしょ? 誰かと友達であることをわざわざ誰かに言わなきゃいけないって前提がおかしいんじゃん? 義務でもないんだしさ」


 その言葉にはっとする。こちらを庇っているのか本音を並べているだけなのかは分からないが、一応の筋が通った正論に聞こえたからだ。


「けど嬉しいな。だって私の友達と友達が友達同士ってすごくいいじゃん。それでそれで、もしかして二人が隠してたのは秘密の関係♡ にしたかったからってこと?」


 つばめの瞳はあくまで真剣でからかうつもりはなさそうなのだが、あまりに図星だったので、二人揃ってうっと言葉に詰まる。ここは碧が代表して回答した。


「……くるみさん学校で大人気すぎて、僕が絡んでるって知れたらまずいなって。つばめさんも知り合い多いみたいだし、僕のうわさくらい聞いたことあるでしょ? あと語尾にハートマークつけるのやめてください」


「聞いたことはあるよ。けど何組の碧はどーのこーのって文句ばっかで、碧が何かしたって事実は一個も聞いたことないから。どうせやっかみだろうなと思ってたけど、違う?」


 ありがたいことに、湊斗とくるみが代弁してくれる。


「その話は根も葉もないものよ。碧くんは嫌われることする人じゃないから」


「いやその通り。議論の余地が猫の額ほどもないほど、ちょーやっかみだ」


「だよね、私の目に狂いはなかった」


 腕を組みうんうん頷くつばめの印象は、最初とはまるで違って見える。


 天衣無縫(てんいむほう)に振る舞うわりには爽やかな性格で、案外良識のある人なのかも知れない。


「他二人はともかく、つばめさんっていい人なんだ。なんかごめん」


 なので、とりあえず謝っておいた。


「いや強引なところは悪いだろ。ちっとは直せ。楪さんと友達なのが不思議だよ俺は」


「二人ともひどいね? 押しの強さが人気モデルつばめちゃんの取り柄なのに!!」


 とにかく、と前置きしてつばめは話を戻す。


「碧のうわさのあるなしに関わらず、くるみんのことが好きな男子がそれこそ煩いだろうし、他の人に話したりはしないよ。友人が横浜の倉庫で発見されるとかごめんだし」


「縁起でもない話やめてくださいよ」


「ところで質問なんだけどさっ、二人の出会いのきっかけってどんなの? 馴れ初め聞きたいなぁ」


「えっ……と」


「出会いですか」


 つばめに切り込まれ、ふたりは再び分かりやすく戸惑った。


 何せ、事前に打ち合わせもないのだ。歩道橋での出来事はくるみも知られたくないだろうし、彼女の家の事情なども絡んでいるので、どこまで話せばいいのか判断がつかない。


 碧とくるみの両方が一斉に視線を居た堪れなさそうに泳がせ始め、偶然ぱちりと目が合い、ばっと逸らす。カウンターの向こうで湊斗が吹き出しそうになっていた。


 ごほん、と咳払いをしてから説明し始めるのは碧だ。


「もう一ヶ月以上前になるのかな。出会い方はちょっと事情があって言いづらいんだけど。くるみさんからお礼で貰ったお弁当がきっかけで仲良くなったっていうか」


 くるみも半分の量がなくなったマグカップを置いて、補足をする。


「碧くんが毎日購買のパンばかりっていうからその、放っておけなくて……」


 致し方なしと経緯(いきさつ)を語れば、何やら心当たりがある湊斗が聞き返す。


「お弁当……ってまさか、碧から貰ったすげー美味い鶏の照り焼きは楪さんの?」


「えと、多分そう……です? 美味しかったですか……?」


 見知らぬ男が勝手に自分の手料理を横取りしたというのに、くるみは怒るわけでもなく心配そうに湊斗を見上げる。絶大な身長差で図らずしも上目遣いになってしまい、大男は煙を出してたじろいだ。


「くるみんのお弁当〜! いいなあ、私も欲しかったなあ」


「ご本人の許可なく貰った俺が言うのも何だけどすげー美味かったぞ」


「そっかあ。それにしても手料理贈る仲って、二人ってもしかして……恋むぐっ!」


「おいこらっ! そういうことを言うんじゃありません」


 つばめが何か不穏当な言葉を言いかけたのを、湊斗がカウンターから伸ばした手が雷光の速度で塞ぐ。湊斗もこないだまで碧の見知らぬ相手さんにあれだけ茶々いれていたのに、それが妖精姫(スノーホワイト)と分かるや否やいじるのに抵抗が出たらしく、この真面目っぷりだ。


 くるみは二人の調子に気を取られ、おろおろと目を瞬かせている。碧も湊斗とつばめの絡みを見るのは今日が初めてだがおそらくあれで平常運転なのだろう。八年の仲というのは伊達じゃないらしい。


「何すんの湊斗!」


「こういうのは余計で野暮なことはせず見守るのが定石だろうが」


「あ、そっか」


「あのっ取り込み中のところ悪いのですけど、私たちそういうのじゃなくて……」


「くるみんが言うなら違うんだろうけど、第三者視点だとどうみてもなあ」


 風向きが怪しくなってきた。これ以上いれば余計な勘ぐりをされかねない。


「本当にただの同級生だよ、僕たちは」


 同級生といいつつ、本当にしっくり当てはまる関係の名前はきっと、ない。


 いや、この()()にたとえ契約相手というおあつらえ向きの名前があったとしても——この()()にはきっとまだ名前はない。


 下手に隠そうとするからよくないのだ。そして話せない原因は、いまここでくるみの意思確認ができないからだ。

 この場で二人で同時に話して辻褄が合わなくなるのはよくない。


 だから——これからすることもちょっとは許してほしい。


 碧はカウンターテーブルの下で、お隣の少女の手をそっと取った。


 急なことで、びくっと驚きからくるみの体が震えたのが伝わってくる。


 表情に困惑の色を滲ませるのも構わず、碧はくるみの掌にゆっくりと人差し指で平仮名をなぞっていく。途中でくるみがくすぐったさを堪えるように吐息を落としたのにはちょっとどきりとしてしまったが、なんとか書き終える。



『ま』『か』『せ』『て』



 そして最後に、こっそり制服のポケットから取り出した家の鍵を渡し、落とさぬようにしっかり握らせた。


 ゆびさきで金属の窪みをなぞり、手の中のそれの正体に気づいたからか。曰く言い難い表情で固まるくるみを碧は信じながら、さりげなくスマホで時計を確認する。時刻は十四時三十二分を指していた。


「もうこんな時間か。君たちはどうするの? 予定大丈夫?」


 目配せする暇もなく、くるみは鍵をポーチにすべりこませてそっと立ち上がる。


「ごめんねつばめちゃん。夕方は家の用事があるから、そろそろ帰らなきゃ」


 やはりくるみの聡明さに賭けて正解だった。碧の意図をしっかりと見抜いてくれたようだ。なんの差し合わせもなくこの場でうまいこと話を合わせることは不可能なので、一旦碧だけで事情を話したほうがいいという判断は、しっかり伝わっていたらしい。


「そっかあ。じゃあまた今度遊ぼうね!」


「楪さん、またいつでも来てよ」


「湊斗さんもありがとうございました。ショコラショー美味しかったです」


 財布から抜いた代金とドアベルの音を残して、ぺこりとお辞儀をしてからくるみが去り——ふたりの熱を帯びた視線は一斉に碧に集中する。


「で? で? 碧はまだ帰らないんだよね!?」


「碧くん、ちょっと湊斗くんからお話があります」


 するとまあ当然、こうなるわけだ。わかりやすい二人で本当に助かります。


お読みいただきありがとうございます。

本日9月14日はくるみさんの誕生日です!

本編は真冬なのでバースデーはまだ先ですが、いつか物語の中で盛大にお祝いしたいですね


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