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小さな箱庭のスノーホワイトは渡り鳥に恋をする  作者: 望々おもち
第1章 帰国子女とスノーホワイト
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第31話 兎さんとアイスクリーム(1)


 その夜は二人で『スタンド・バイ・ミー』を観た。


 この関係が始まって以来、家で映画を楽しむのが習慣になっている。


 少年たちの冒険の道中を真剣な眼差しで見守るくるみが面白くて、画面そっちのけで彼女の観察に走ったのは内緒だ。


 そして晩ごはんは、くるみ手製のビーフシチューだった。


 じっくりことこと時間をかけて煮込まれた、照りのある芳醇なデミグラス。クリームが描く白い筋が、碧の心を奪った。柔らかな牛肉は舌の上で切なげにとろけ、濃厚な後味を残して落ちていく。


 さらにマッシュポテトやサラダなどのつけ合わせの他に、碧のリクエストに答えて粒たっぷりのコーンスープ、そしてお米とパンの両方が用意されていて、くるみの繊細な気遣いに感銘を受けながら碧はごはんを二杯もおかわりした。


「なにしているの?」


 食後しばらくは美味しさの余韻に浸り、後片付けを終えた後。


 碧が空き部屋で荷物の整理をしていると、くるみが廊下からぴょこっと顔を出した。その辺段ボールだらけで足の踏み場がないのだが、まるで影踏みの続きでもしているようにくるみは上手によけながらこちらに来る。


「妹の子供の頃のおもちゃとか、もう使わないから片付けなきゃなって」


「……妹さんがいるのね」


「ドイツにいるから、もう一年近く会ってないですけどね」


「私にも兄がいるけれど、碧くんは見ていてあんまりお兄ちゃんってかんじがしないわ」


「くるみさんも妹ってよりはお母さん——おっと」


 嗜めるように肩をぺちっと叩かれた。くるみとしてはそういうふうに思われるのは嫌らしい。


「あなたが日本で一人で生きていくのに必要な協力をしているだけのつもりなのに」


「ごめんごめん。本当いつも助かってます」


 碧が答えると、もう、と洩らしつつエプロンの紐のリボン結びを解いた。


 どうやら実用と同時にお洒落も気にしているらしく、日替わりで違うデザインのものを身につけている。今日は落ち着いたボルドーで裾にささやかなフリルをあしらったもので、くるみの目が冴えるような色白の肌に映え、よく似合った。


 碧はふざけるのもそこそこに、片付けをする手を再び動かし始める。


 ドイツにいる妹は、今はもう中学生だ。


 そしていつ日本に帰ることになるか分からない。


 なので父親からいらないものは捨てておくように頼まれていたのだが、思ったより量が多いためすぐには終わりそうにない。


 時間をかけるしかないかな、とぼやいていると、隣のくるみが碧のちょうど手許にあったドールハウスを見て好奇の目を煌めかせた。


「小さいお家? 可愛い……」


「女の子とか好きですよね、こういうの」


「可愛くて見ていて飽きないもの。……お片付け、私も手伝う?」


「さすがに晩ごはんの用意させといて片付けまでさせるわけにはいかないです。ここ寒いし、リビングでゆっくりしていてください」


 しかしくるみは立ち上がらず、そこはかとなく瞳をきらきらさせてミニチュアの窓から中を覗き込む。どうやら彼女からしたらドールハウスも物珍しいらしい。


 そんな様子にほっこりしながら、その一方でさっさと終わらせたいのでどんどん分別をして段ボールに詰め直していくと、碧が手に取ったぬいぐるみを見てくるみが、あ、と声をあげた。


「垂れ耳の……うさぎさん?」


「あーこれか、懐かしいなあ。昔なんかの景品でもらったんですけどすぐに海外行きが決まって。妹にあげるのを忘れてそのまんま日本に置き去りにしちゃってたんです」


 くるみの栗毛のようにごく淡いブラウンと白を織り交ぜたような毛並みの、ロップイヤーのぬいぐるみだ。未開封できちんと仕舞っていたからか、クローゼットでずっと眠っていた年代物のわりに、埃の一つもなく綺麗である。つぶらな瞳が碧に何かを訴えかけているようで、このままだと手放すのを渋ってしまいそうだ。


 けどもういらないし、と迷いを振り切って段ボールに入れようとした時、くるみが名残惜しそうに珍しく慌てた声を上げた。


「す、捨てちゃうの?」


「妹ももう大きいしなあ。取っておいたところで」


 くるみが悄然と萎れたように瞳を伏せた。


「……ぬいぐるみ好きなの? 欲しいならあげましょうか?」


「で、でも……」


 捨てるのは可哀想で見過ごせないが貰うのは申し訳ない、と思っているのだろう。

 くるみがもじもじと焦ったく指を組み合わせるので、碧は頬をかいてからぬいぐるみを押し付けた。


「なんか僕もこのまま捨てちゃうの可哀想になってきた。よかったらくるみさんが可愛がってやってください」


「え……いいの?」


「それなりに大事にしてくれたら僕はそれ以上望むことはありません」


 くるみは手の中のうさぎと碧とを交互に見て、それから雪解けのようにふあっと口許をゆるめた。


「……ありがとう」


 先ほどから見つめるだけだったぬいぐるみをそっと持ち上げて、じっと向かい合わせる。それからまるで十年来の宝物のように、くるみはぎゅっと抱きしめた。お古なのが申し訳なくなるくらい気に入ってもらえたらしい。

 ヘーゼルの瞳を甘やかに細めて頬擦りをする様相は、慈しみと(いとけな)さが綯い交ぜになったような、大人と少女が同居しているような、不可思議なかんじさえする。


 普段よりあどけない仕草についつい目を奪われていると、ひととおり愛で終えたらしいくるみと視線があった。


「いや、ウサギのぬいぐるみとくるみさんって似てんなあって思いまして」


「前はシマエナガとかオコジョって言ってたのに」


「だって全部似てるんですもん。雪の妖精みたいで綺麗で……ってなんですかこれ」


 なぜかくるみがウサギのぽてっとした手を使って碧の胡座をぺちぺち叩いてくる。くすぐったいのでやめさせるべくウサギをがしっと掴むと、身動きの取れなくなったくるみがはっとしてから、やむをえずそっぽを向いた。

 その真っ白な頬は、ほんのり赤みを帯びている。

 どうやら照れ隠しのつもりだったらしい。


「……バニラ」


「え?」


「アイスくれるって約束。私リビングに戻ってますからっ」


 碧の手の力がゆるんだ隙にぬいぐるみをそっと奪い、大切そうに抱きしめながら、ぽすぽすとスリッパを鳴らしてくるみは部屋から姿を消した。


 甘いものが好きらしく、なんだかんだ楽しみにしてくれてたんだな、と思うとくすっと笑みがこぼれる。片付けの手を止めて、碧もくるみの待つリビングへ向かった。


お読みくださりありがとうございます!

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