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小さな箱庭のスノーホワイトは渡り鳥に恋をする  作者: 望々おもち
番外短編集② -side short story-
271/272

第271話 可愛いの秘訣

【前書き】

・次の章へ進むまえに、これまでのお話を対象に文字数や構成の関係で載せきれなかったものをいくつか短編集として掲載することにしました。どの時系列のお話かは、以下のように冒頭で注釈でご案内します。

・このお話は「第70話 Fluffy girl's night(3)」の後のお話です。

・過去に近況報告に載せたエピソードの再掲です


 長かった冬も明け、まもなく一年生も終わり間近という春休み。


 そんな折に、学校の友達——むろんつばめのことだが、彼女からお泊まりしないかという話があった。


 うちは実現度が限りなく低いと伝えるとやはりむこうの家でとなったのだが、そもそも親に許可を取らねばならないのはどちらでも同じこと。幸いにもこういうことに口うるさい大学教授の母は学会で関西へ行っており、だめもとで父に相談を持ちかけたら、驚いたことにうちでの開催があっさりOKが下ったのだった。


 そんなわけでその日はつばめがお泊まりをしに来ていたのだが……


「うっわー広い! なにこれ大浴場!?」


「つばめちゃんあんまり走ったら転んだ時危ないから……」


「いやいや! 走れるほど広いバスルームって時点でやばいと思うんだけど!」


 この家の風呂を家族以外の誰かに見せたことは今までなかったので、そんなリアクションが返ってくるとは思わず、くるみは困惑半分で苦笑した。


 大浴場というのはさすがにおおげさだ。よくあるユニットバスより大きいのは確かだが、別に修学旅行生がみんな一緒に浸かれるような湯船があるわけではもちろんなくて、ひと四人がすっぽりはいれるくらいの丸いジャグジーに、シャワーが二つ。


 今は夜だから何も見えないけれど、大きな窓からは裏庭の花や草木が臨めるので、明るいうちにはいるお風呂はよくリフレッシュできると、主にくるみに好評だ。


 毎日このバスタブに浸かることに慣れきっているのでとくに今までなんの感慨もなかったが、言われて改めて考えると自分がお風呂好きに育ったのはこの広い湯船のおかげなのかもしれないな、と思う。


「ね、くるみんってスキンケアは何使ってるの?」


 ふたりで湯に肩まで沈むと、つばめが唐突に問いかけた。


「前から肌綺麗で羨ましいなーって思ってたんだよね。すべすべで真っ白くてさ」


「え? そんなことないよ……つばめちゃんだって可愛いし、肌荒れしてるところなんか一回も見たことないし」


「ふへへやっぱそう思うー? じゃなくて! 謙遜より今は情報がほしいの!」


「? ……あぁ。明日のためにケアしておこうっていうこと?」


「そ! さすがに三月なのに泳ぎはしないだろうけど明日みんなで海にお出かけだしさ。好きな人には可愛く見られたいじゃん? ほら、巷で言うガールズトークしようよ!」


「がーるずとーく」


 それはなんだか甘美な響きで、すっと耳に届いた。


 子供らしからぬ成熟さで周りから浮き、人見知りなきらいもあり友人にあまり恵まれることのなかったくるみにとってそれは、全く憧れることがなかったと言えば嘘になる——むしろほのかな羨望さえあるくらいのものだった。


 そしてくるみは自分を綺麗にみがくことが好きだ。もちろん本を読んだり勉強したりと教養も大事にしているが、美しくあるべきという考え方で言えばスキンケアなんかはその手段の最たるものと言っていい。今まではその拘りと知識を語りあえる相手もいなかったけれど、つばめは現役の人気モデル。つまり相手にとって不足なし。


 駄目押しでさらに言えば昔から世話好きで、誰かに一度頼られようものなら、助力に一切妥協しない。すべてがパズルのピースのようにかみあうこの状況。


 ゆえに、火がついた。


「スキンケア。よね?」


「うんうん!」


「その日のコンディションによって使い分けはしているけど普段ならクリスティーナかな。ゆらぎがちな時は調子悪くなる前にシカがはいってるのにして、導入にはアスタリフトのホワイト。何年か前に出逢ってからはこれ一択。つばめちゃんは?」


 若干まだためらいがちに回答したところ、さすが人前に立つ仕事をしてるだけあるというか、全く迷うことなく同意を示した。


「あ、それ私一回サンプル貰ったことある! すごくよかった! お値段するけれどスペシャルケアしたい時のために買っちゃおうか考え中だったんだよね。私はね、化粧水はドラコスにしといて他に投資してるの。こないだは奮発してポーラの買っちゃった」


「それってホワイトショット?」


「そ! 今ちょっと焼けちゃってるし白くなりたいもん。くるみんはラインで揃えてる?」


「うーん……肌に一番あってて、かつ気にいっているかどうかで選んでいるから、ばらばらかなぁ。その代わり一度いいなって思ったのはずっとリピートしてるの」


「そっかぁ! それがくるみんの可愛いの秘訣かぁ」


「ふふっ。うんっ」


 ——どうしよう。ガールズトーク、すごくたのしいかも。


 好きを語れるということの喜びを知り始めたくるみは、お湯のせいだけじゃなく、頬をほんのりと上気させていく。


 つばめは納得するように頷いた。


「けど何となく分かってきた。私たちってお洋服の好みとかは真逆っぽいけど、こういうところのスタンスは案外似てるのかもねって」


「?」


「可愛くなるために努力を惜しまないところ♡」


 お湯をかきわけ、つばめが近寄ってくる。


 それから指先でこちらの頬をつつぅとなぞってきた。


「くるみんが前よりもやっぱり可愛くなったのって、私の気のせいじゃないよね?」


「え? それってどういう……」


「好きな人を振り向かせたい気持ちもあるんじゃないかなーってことだよ?」


「!!」


 急にとんでもない爆弾を放り投げられて、くるみは口をはくはくさせた。


「ち、ちが! だから私のはそんなんじゃ」


「えー? お似合いだと思うけどなー? その人がくるみんにとって一番の、可愛いの秘訣の正体だったりしてね?」


 冷やかしでもからかいでもなく本気で真面目に言っているのがかえって気恥ずかしくて、湯船に息をぶくぶくとさせると、つばめがゆっくりとした口調で、幼い妹を宥めるように言った。


「ねえねえ。せっかくだし後で誰かにビデオ通話かけてみない?」


「え。誰かにって誰に?」


「それはまだ決めてないけど。くるみんのパジャマとかぜったい可愛いし、私だけ見るのはもったいない気がするんだよね。あ、でも私とくるみんの共通の友達っていったら湊斗と碧くらいしかいないのか」


「私は、その……」


 つばめが二択の人物を挙げる前に、真っ先にひとりの男の子の姿が思い浮かんで、それがまたくるみを真っ赤に逆上せさせてしまった。


 その熱をどうにか逃すように、ぽつりと零す。


「……お風呂上がり。見せるなら、碧くん以外は……嫌、というか」


 つばめはただでさえ丸い目をさらにまんまるくしている。


 自分で言ってて恥ずかしくて今すぐここから走り去りたくなった。


                *


「っくしゅん」


 さて、うわさの少年は自宅でシャワーを浴び終えたところだった。


 急なくしゃみに不思議そうに首を傾げた挙句、ぜんぜん的外れな推察をする。


「……? なんだろ。これが日本の花粉症ってやつかな」


 とりあえず風邪ならとても困るので、早めに横になることにした。



 気になるあの子からビデオ通話がかかってくるまで、あと僅か。


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