第230話 Happy New Year(2)
まず初めにやりたきは、友人達を探すことだった。
だがさすが日本一参拝客が多い神社だけあって、もはや参道はたくさんの人で埋め尽くされていた。まるで、碧の住む市区をまるごとひっくり返したかのような数だ。
片や着物なのもあり、二人に出来ることはせいぜい行列に押され、順番にちょっとずつ歩くことだけ。
「うん。うん。分かってる。参拝が出来たらそっちに行くよ。……あーうん。なんとかして宥めておいてくれると助かるんだけど。……ああ。じゃあまた後で」
友人達との連絡は、もはやスマホ頼りだ。
湊斗の短いやりとりの電話を切るも、結局すぐには落ちあえそうにないため、別々で参拝を終えてから本殿に集まることになった。
「湊斗さんなんて?」
「え。ああ。和佐さん——湊斗のお父さんが『早く秋くんの彼女見たい!』って駄々こねてうるさいらしい。ちなみに秋くんってのは僕のことね。苗字から取ってる」
「そ……そっか?」
くるみはちょっと引いていた。会う前から印象を下げていく湊斗の父である。
ただ気になるのは、くるみは他人と距離を詰めるのが苦手ということだ。
彼女も第一印象は完璧なものを残すことができるし、和佐も立派ないい大人なので気遣ってくれるだろうが、今ももしかしたら人見知りを発揮してるのかもしれない。
なので少しでも和ませてやろうとつないだ手をにぎにぎ握ると、くるみのほうからもぷにぷに握り返してくれた。
和ませたつもりが、却って碧のほうが気持ちがほんわかした。
「……ほんのちょっとだけ嬉しいって言ったら、罰が当たるかな」
「え? 何が?」
「こうして皆とはぐれちゃって。今年最後にくるみと図らずふたりきりになれたから。これはこれで、結果はよかったかもなってさ」
友人達には申し訳ないと思ったが、くるみも案外嗜めることなく、品よく笑う。
「ふふ。さっきまでずっと二人きりだったじゃない。もしや甘えんぼさん?」
「日頃から僕を甘やかしてすっかりそう仕立て上げたのはいったい何処の誰だろうなあ」
「…………。そういえばドイツにいるルカさんへの新年の挨拶は現地が年明けしてからのほうがいいのかしら?」
「ごまかしかた下手か」
年明けまではまだ余裕があると思っていたが、こうなると今年中に和佐にくるみを紹介するのも難しいかもしれない。とりあえず行列を詰めつつ、手水舎で手と口を清めることに。
だがそこへ歩いている間も、一緒にいるくるみは衆目を集めて止まなかった。
着物——それも振袖の人がそもそもあまり多くないのもあるが、目立つのはやはり美人ゆえだろう。日本人にもここまで和服の似合う少女はなかなかいないと思う。
目を離したらすぐまた誰かに声を掛けられることは確実なので、つないだ手は離さないまま順番が回ってきた。
「碧くん碧くん。お清めのしかたは分かる?」
「ちょっとうろ覚えかなあ」
見栄をはった。本当は何一つ覚えていない。
「柄杓をこうして右手で持って水を汲むの。それをまず左手にかけてその後は——」
くるみは碧に知識がなくても笑ったりせず、きちんと教えてくれる。
だが、実演して口を漱いで見せる彼女の美しい一挙一動に見惚れてしまい、説明はすっかり聞き逃したと言ったら、さすがにちょっと怒られた。
真冬の水で冷えた手をお互いにさすりあってまた列を詰めると、ようやく人々の群れのそのさきに本殿が見えてきた。
掃除の行き届いた建物がライトに照らされ、ますます神々しくなっている。
「わあ……。あの白い布に投げられてるのってぜんぶお賽銭なの?」
「そう。明治神宮の名物らしいよ。参拝客が多くて箱じゃ足りないから」
「あっ碧くん。遠くから投げてる人もいる。……人に当たったら危ないわね」
「きっと行列に並ぶのが好きじゃないひとなんだろうね。でも狙い外れたら神様に届かないわけだから、ご縁もなにもないだろうなあ」
「ふふ。私たちはきちんと一番前まで行ってお賽銭投げましょうね」
「賛成」
なんてお喋りしているうちに順番がやってきた。
並んでいる間にくるみに教えてもらって予習はばっちりの二礼二拍手一礼で、お賽銭を投げて鈴の綱をからんからんと振る。
ぱんぱんと手を打って祈りを捧げた。
——くるみと同じ大学に行けますように。くるみと出来るだけ長く一緒にいて幸せな日々が遅れますように。目標をちゃんと達成できますように。努力が実りますように。それから世界が平和で在りますように……。
と、しばし瞑目してから隣を見ると、お手本とすべき優美さで参拝するくるみがいた。鑑賞するこちらに気づいていないのは、真剣に祈りを捧げるべく目を瞑っていたからだ。
祈り終えたくるみが、こちらに気づいて、こてりと首を傾げる。
何を祈ったか後で聞いてみようと思いながら、また手をつなぎ来た道を折り返した。




