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第228話 恋人との年の瀬(3)


『こんばんは。関東のニュースをお伝えします。年末年始を故郷で過ごす家族連れなどで、新幹線の混雑がピークを迎えています。東京駅発の下りはそれぞれ——』


 年越しそばを平らげた碧は、年末恒例らしい歌番組でも見ようかと事前にくるみと話していたのもあり、リモコンでテレビを点けると、ニュースキャスターがそんな原稿を読み上げていた。


 ごちゃごちゃした雑踏の中で、ホームで大きな荷物を抱えながら盛岡行きの〈はやぶさ〉に乗車する子連れの夫婦をカメラが遠くから追っている。


「毎年あんなかんじなの?」


 碧が訊くと、


「このニュースを聞くと今年も終わりだなってなるくらいには」


 と、キッチンのくるみから返事があった。


 おぼんを持ってきてくれた彼女が、スカートの裾を上品に押さえて、座布団に足を揃えた。白い手が急須で、二つの湯呑みにお茶を交互に注ぐのを見ながら「僕も今日からしばらくは教えられるほうになりそうだな」と、呟く。


 こういう風物詩は、見るもの全てが目に新しい。さっきのおせちもだが、この時季を日本で過ごしたことは子供時代を除けば実はほとんどないし、去年の冬休みもドイツに行っていたから。


 たとえば近頃……SNSは、放送されたばかりの特番のことでいっぱいだ。年に一度のお笑い番組ではその年の優勝が決まり、年に一度の歌番組ではその年の大賞が決まる。


 どれもこれも、来年をすっきり迎えるための気持ちの区切りのようなものだろう。


 その後しばらくの間は、トレンドは優勝者や受賞者のことで埋まるそう。正月明けに碧が日本に戻る頃には落ち着いているので、この歳になるまで知らなかった事実だ。


「十七年暮らしているから、日本の常識のことなら私に訊いていいからね。テレビのことはあまり詳しくないけれど」


 こちらの呟きを拾ったくるみが、お供のクッキーを手に取ってほんわか言う。


「なんだかご機嫌ね?」


「ふふ。だって、いつもと逆なのがおもしろくって」


 両手の人差し指を立てると、おかしなことを説明し出す。


「私が帰国子女で、碧くんが東京の男子高校生だったら、ひょっとしたら私がドイツ語を教えていたかもしれないのよね。……うん、それはやっぱりおもしろいかも」


「僕に古典と漢文を教わるくるみ、全く想像がつかないなあ」


 つられて笑いながらチャンネルを切り替えると、紅白歌合戦がやっていた。


 SNSもつばめのポストを見るだけで、流行りには疎く、アイドルや芸人もほぼ知らないというくるみも、丁度始まったバンドのヒットソングには静かに耳を傾けている。


 鑑賞のおじゃまはしたくないから、熱々のお茶をすすりつつ曲の進行を見計らって、彼らが歌い終えたタイミングで話しかけた。


「他に年末年始らしいのって何があるの?」


「えーと……一獲千金を狙っての宝くじとかかな。私は買ったことないけど、毎年行列出来ているのは見かける。あとは初詣とか。……これはわかる?」


「さすがに分かるってば。幼稚園のとき連れてってもらったこともあるし——」


 と、言いかけたところで、碧のスマホが連綿とメロディを鳴らした。


 誰だろうと見ると電話をかけてきたのは、母でも妹でもなく、まさかのつばめだ。


「つばめさんから電話」


 と、共通の友人とはいえ他の女の子からの連絡なので、念のために報告してから、受話器のマークを押す。


「はい」


『もしもし碧〜今大丈夫? ていうかくるみんそこにいる?』


 開口一番、どうやらスマホの持ち主はお呼びでなかったことが判明。


「いるけどどうかした? 本人に連絡すればいいのに」


『さっき電話したけど出てくれなくて。もしかして忙しかった?』


「あー。料理してたからかな。代わりましょうか?」


『ううん。家事してるならじゃましちゃうならいいや! 代わりに伝えてくれる? 今湊斗と一緒にいるんだけど、冬休みにまたどっか四人で行きたいねって話しててね——』


 どうやら、目的は外出のお誘いのよう。というかそれなら、碧も当事者だ。


「折角つき合えたならふたりでデートしてきたらどうですか?」


『それ碧がさりげなく二人きりになりたいからでしょ?』


 ばれたかと言うと、五月のひな鳥のような笑い声が聞こえた。


『いやさーくるみと碧の絡みというか、ふたり一緒なとこを見てると最高のダイエットになるんだよ。糖分とらずに済むから♡』


「じゃあ湊斗と揃って鏡見たらいいじゃないですか。つき合ってるんだし」


『あ。その手があったか! うちらも負けじとラブラブ♡ になったもんなー♡♡♡』


「電話切ろうかなあ」


 碧とどっこいの惚気を披露するのでわざと耳からスマホを一歩引かせると、もちろん電話の声も遠ざかり——その隙に、会話が聞こえていたらしいくるみが、おかしそうに喉を鳴らしながら冗談を挟む。


「ふふっ。二人とも来年はお笑い番組にエントリーしてみたらいいのに」


「あ。この手があったか!」


 くるみが隣にいるならスピーカーにすればいいのか、と気がついた碧が、つばめの言葉に倣ってひざを打つ。だがくるみはそれを、自分の冗談を真に受けたと捉えたのか、物凄く困ったようにこっちを見た。訳は後で説明するとしてとりあえず手招きして近寄らせる。


「つばめさん聞こえる? くるみさん呼んでスピーカーにしたんだけど」


『あっ本当。くるみーん聞こえる? ねねっ今から初詣行かない?』


「え? 今から?」


 唐突なお誘いにふたりして仰天する。


 碧が「まだ大晦日なのに?」とひそかに驚いていると、くるみが「二年参りっていう年を跨いでする参拝があるの」と耳打ちしてくれた。


 どうやら一人だけ、びっくりするべきところが少しずれていたようだ。


『私はもう湊斗のこと誘ってるんだけど折角ならみんなで行きたいなーって。……ていうか実は、一緒に湊斗のお父さんも来るから、三人じゃ彼女の私が緊張して会話の自信がないんだよね。だからおねがい来てー!』


「あ、本音出た」


 夜に高校生だけで出歩くのはよくないので、建前として監督……ということだろう。


 ただ湊斗のお父さんの人柄をよく知る碧からすれば、どちらかというと、お父さんのほうが交際一ヶ月目の幸せなカップルに挟まれて窒息するんじゃないか? と思った。


「でも僕、くるみのことは三日あたりの空いてきたときに誘って連れて行こうかなって考えてたしなあ」


『えっそうなの? そしたら今誘うのも野暮かなあ』


 くるみの予定が空いていることは確認してある。それで二人きりでお正月に揃ったんだから、彼女が喜ぶかもしれないデートは勿論、事前に考え済みだ。


 本人にはまだ内緒にしていたので、ヘーゼルの瞳は驚きにぱちくり瞬いていて、急なねたばらしになってしまったなと小さく笑った。


「くるみはどうしたい? 皆で行きたい?」


 碧の気持ちはいつでもくるみと同じなので、彼女に判断を委ねる。


 せめて前もって昨日あたりに誘ってくれたらとはいえ、四人で集まれるのも今後は限られてくるだろうし、碧としてはどちらに転んでもくるみと居られるのだから役得だ。


 主導権を譲渡されたくるみは実に慎ましげに、まごまごと言葉を紡ぐ。


「そしたら……うん。行きたい。私は今まで毎年ずっと父の実家で、友達とみんなで初詣行くの……ずっと憧れてたから」


「じゃあ行こう。集合の時間とか送ってくれますかつばめさん」


『即決! さっすがこの朴念仁はくるみんにしか倒せないと言うだけあるね!』


「誰が言ってたんですかそんなこと」


 とりあえず電話を切ったので、今から着替えたり崩したお賽銭を持ったりとお出かけの準備をすることになるが、そのとき碧にぴこんと、一つの閃きが舞い降りた。


 ——そうだ。折角出かけるんならいっそのこと……


 そして、この後のプランをひっそりと企て始めたのだった。


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