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第227話 恋人との年の瀬(2)



 鮭に明太子といろんな味のおにぎりと納豆巻き、五目焼きそばの弁当にほうじ茶と、デザートには鯛焼きを買って帰宅した。


 仰せのとおりに急いで帰ったつもりだったが、くるみはその隙に一段落したようで、エプロンの紐を解いているところ。買い物の量を見て大きな目をぱちくり瞬かせている。


「買ってきた。好きなだけ取ってっていいよ」


「こんなにたべれるかな? でも鯛焼き……」


 くるみに初めて鯛焼きをあげたときのあの表情が忘れられなくてつい買ってきたのだが、甘いものには視線が吸い寄せられてしまうようで、あの頃とは違う表情豊かさに、碧はつい喉を鳴らして笑った。


「カスタードクリームとつぶあんがあるけど、どっちがいい?」


「……じゃあカスタードがいい」


「夜のもあるからね。鯛焼き優先がいいならおにぎりは僕と半分こにしとく?」


「! うん。そうしたい!」


 一緒に手早く遅めのお昼を済ませて、また調理を再開する。


 とは言ってもほとんどはすでに出来ており、時間のかかる黒豆はまだ火にかけているが、あとは冷まして重箱に詰めるだけのものが多い。


 それも彩りや量を考えてきれいに盛りつけなければならないので、センスに自信のない碧は後片づけを先導して行った。


 たまに味見と称して、伊達巻の切れはしや詰めきれなかった松風焼きをあーんしてくれて、一日早いお正月を味わった。


 そんなこんなで日が暮れる頃に、おせちの仕事がようやく完了。


 この後はずっとリビングでゆっくりしたいため、さきに順々にシャワーを済ませたら、時刻は夜七時。


「じゃあそろそろ晩ごはんにしましょうか」


 今度は、晩ごはんの年越しそばが待っていた。


 具は海老天と長葱、落とし玉子、あとはおせちで余ったかまぼこをのせる予定だ。

 おせちは手伝ったとはいえ、勝手が分からない碧はほぼ言われたとおり野菜を切っただけ。なのでそばくらいは引き受けたいところだが、くるみは「碧くんに揚げ物は危ないからだめ」とやらせてくれない。


 なので折衷案で、天ぷらは任せてそれ以外は碧がすることにした。


 と言ってもさほどのものはなく、出汁はくるみが前日に引いたものがあるし、味つけはめんつゆを足すだけ、長葱も刻むだけ、そばも買ったものを数分茹でるだけなのだが。


 揚げ油の温度を箸のさきでチェックしながら、くるみが提案してくる。


「せっかくだし、余ったお野菜も刻んでかき揚げにしちゃいましょうか」


「大賛成!!」


「碧くんてごはんのことになると、ボリューム調整できなくなるよね」


 人参と玉ねぎを手に取ったくるみが、苦笑気味に言う。


「お野菜千切りにしてくれる?」


「はーい」


「ふふ。いいお返事。バイトでもそんなかんじなの?」


「それは仕事なんだから。もうちょっとお客さんに気を遣った返事だよ」


 箸を持ったまま、くるみが若干そわそわし出した。


「今度はちゃんとお昼にお客さんとして行ってみようかな。碧くんの働いているところを近くで眺められたら幸せだなって」


「えー。そんなたいしたものでもないんだけどな……。仕事覚えたばっかだし。くるみの前で注文間違えたら恥ずかしいし。見ててもつまんないと思うよ」


 なるべく細く刻んだ野菜を、まな板ごと渡す。


「わたしは働く碧くんでも寝てる碧くんでも、あなたなら世界で一番格好いいと思うのに」


「……」


 渡しそびれて、危なく落としそうになった。


「どうして黙っちゃうの」


「……喋ってるときに急にデレられるのは正直ちょっと言葉に困るんだよ」


「? わたしそんなに不思議なこと言った?」


 本人は己の惚気たっぷり爆弾発言に、自覚がないようだ。


 ——うん。彼氏への言葉だから、別に不思議じゃないけどさあ。


 ふと、交際前からくるみにいつも〈ど真ん中ストレートの豪速球〉と言われていたことを思い出した。


 何だか、自分が今まで高嶺の花相手にどれほど罪なことをしてきたのか、真の答えあわせをされている感覚である。


「もしかして段々と僕に似てきたのかなあ。一緒にいる時間が長くなったから……」


「どういうこと? さっきから何の話?」


「何でもないですお嬢さん」


 怪訝そうに問うくるみは煙に巻き、そばを茹で始めた。


 ——でも今まで人前で恥ずかしげもなく同じようなこと言ってたんだよな僕は。いやぜんぜん今もこれからも恥ずかしくはないんだけどさ……。


 〈おしどり夫婦〉も、学校一の有名人に恋人ができたから盛り上がって囃し立てているだけだろ……と初めはたいして気にしていなかったのだが、もしかしたら人目を気にせず熱烈な愛の言葉をかけ続けた自分の責任もあるのかもしれないな、と今さらになって気づいた。


 けれど、もしその仕草がくるみに移ったのならそれは——くるみが自分をよく見ている証拠で、積み重ねた時間の証左で。面映いけど、ものすごく喜ばしいことで。


 タイマーが鳴ったのですぐにそばをざるに開け湯切りをする。二つの丼に熱々のつゆをよそえば、鰹出汁の香りがほわっと広がった。


 くるみも、こちらの時間を見ながら揚げ始めてくれたみたいで、かまぼこと葱の盛りつけが丁度終わったのとほとんど同時に、からっと揚げたての天ぷらを出してくれる。


「ずいぶん豪華なそばになったなあ」


「年に一度だものね」


「うん。いただきます」


 二人揃って箸をとって手をあわせて、静かにそばをすする。


 やはりこういう寒い日には、熱々の出汁の風味というのが格別に沁み渡る。


 ほう……とため息を吐きつつ、温かいつゆが染みたかき揚げをさっくりかじると、あっさりした野菜の甘味がこれまたいい。難易度が高い料理だと聞き及ぶが、あっさりこなすくるみの技量には今日も脱帽だ。


 味の感想を言おう、と前を見ると、くるみは穏やかな表情で、そばを静かにふうふうしていた。それを見ているとなんだか……えも言われぬほど幸せな気持ちになった。


「どうかしたの?」


「ううん。何でもないよ」


 そんなくるみを三が日まで独占できるだなんて、これ以上なく贅沢な年末年始だな、と思った。


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