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第224話 聖なる夜に(3)

※今回R15です



 もう戻らないことを予期したから、リビングの灯りはOFFにした。


 緊張で呼吸が早くなるなか二人で連れ立ったベッドルームは、あらかじめシャワーに行く前にエアコンを運転させていたから、真冬でも肌寒さはない。


 今日はどうやって寝るべきか、とかなり深刻に逡巡しながら照明を点けようとして、その前にくるみ——もとい可愛いサンタの妖精さんが声を上げた。


「あ……雪」


 釣られて視線のさきを追うと、紗のようなレースカーテンと窓硝子の外に、白く細かな光がちらついているのが見えた。


 月明かりを跳ね返して銀に輝く雪の結晶が、空から降り注いでいる。そういえばすっかり忘れていたが、ニュースキャスターは降雪の予報を告げていたのを思い出した。


 くるみが窓辺に寄って静かに外を眺めるので、碧もそれに倣う。


 隣に目を遣れば、彼女の繊細で儚げな風采が淡い光に注がれている。


 正直雪より、それを見つめるくるみの瞳に映る、砕いたダイヤモンドのような輝きを見ていたほうがずっと意味のある時間になりそうだと思った。


「きれい。この間のイルミネーションみたい」


「僕からしたらくるみのほうが余程きれいだけど」


「……すぐまたそういうこと言う。碧くんの彼女たらし」


 べちん、と照れ隠しの拳を当てられたが、撤回する気はさらさらない。


 碧がサイドランプの紐を引き、ベッドに寝転がる。手招きをすると、頬をほんのり赤く染めたくるみは、肩をすぼめてもじもじとしながら、ちょこんとベッドの縁に浅く座る。


 その細い体に後ろからブランケットを掛けてやりながら、碧は訊いてみた。


「くるみ」


「は。はい」


 緊張ゆえにもうサンタさんの事はすっかり忘れているのか、主導権もへったくれもない様子で金縛りにあっているくるみだから、こっちが腹を括るしかないのだ。


「今日はえっとその。一緒に……寝る?」


 これまでの宿泊もといお泊まりの練習では、ベッドとソファで分けていた。


 だからこれは、初めて同じベッドで一緒に眠ることの、お誘い。


 どちらとも、練習なんて言わなかった。ふたりの本当の夜の時間。


「————っ」


 たっぷり五秒かけて碧の言葉を理解したらしいくるみは、頬が燃えるよう。


 湯気を出しながらこくこくと一心不乱に頷く様は健気でとても可愛いし、即答だったのは思いがけずこちらも照れてしまうが、ずれたサンタ帽子が落ちかけている。


 そいつを回収するついでに、こめかみにキスをすれば、それだけで気持ちのオーバーフローになったようで、染まった頬を隠すように額をぽすぽすぶつけられた。


 くるみが落ち着くのを見計らって、そのままふたりで横になり、冬掛けを肩口まで引き上げてランプの紐を再度引くと、あたりは本物の夜に包まれる。


 いつもはない温もりが右腕にふれていて、それが柔らかくて、焦れったくて。


 ——はじめて……一緒のベッドにいる。


 静寂のなかで、自分の鼓動だけが、どっどっと爆発しそうなくらいの音を刻んでいた。


 少しして目が慣れたので、この音が伝わってはないだろうか、と横を見る。


 くるみはこちらに後ろ姿だけを見せていた。


 さらさらと散らばった長い絹束が、雪あかりで今だけは美しい銀糸のよう。まるで幻を見ているようだった。


 碧が見ていることを衣擦れで気づいたのか、くるみもころんと寝返りを打った。


「ん」


 僅かな明かりだけれど、かろうじて表情とりんかくは分かる。もちのように柔らかな頬が、枕に挟まれてむにっとなっているのが(いとけな)くて可愛らしい。


 おずおずと様子をうかがうような、頼りなさげな目線が、しかし高熱を宿して真っ直ぐと交錯する。


 碧もいろいろ想念や情懐はあれど、それらを今だけは呑みこんで。


 くるみの頬をゆびさきで愛しむようにひとなでして、目許を和らげた。


「おやすみ」


 と、平静をよそおいながら告げて、仰向けになり目を閉じる。


「……」


 くるみからの返事はなく、しばらくは互いのかすかな息遣いと、自分のなかで大きく響く鼓動だけが耳を支配していた。


 雪が降ると、音がなくなって街中静かになるという。それも言い得て妙で、碧は(きよ)しこの夜にこの世界でくるみと二人きりに取り残された気さえした。



 どれくらい、そうしていただろう。



 自分の感覚を正とするならばきっと、ベランダの柵がすっかり白く染まったと思しき頃。


 冬掛けの下でくるみがうごめいた。


「……?」


 不思議に思っていると、ふと右肩から腕にかけてを、驚くほどに熱くて柔らかいものがぎゅっと包み。


 鳩尾のあたりにためらいがちに手がそえられて、同時に肩口に、確かな重みが掛かる。引きつる喉仏をかすかな吐息がくすぐった。




 腕枕——?




 そのご所望を……くるみが自分から?


「!」


 息を詰めて目を遣れば、明確な熱を孕んだヘーゼルに言葉なく見詰められる。


 それが雪のひとひらを映して明るく光ったかと思えば、ぎゅっと閉じ、行かないでと乞うような頬擦りで甘えてきて。


 ——あ。


 碧はいろんな烈しい衝動やら、抑えた複雑な思いやらが莫大な葛藤となり、口をぎゅっと一文字に結んだ。


 この数分間、こうしたくてずっと迷っていたんだ……と分かった瞬間、そのいじらしさに、底知れない猛烈な愛おしさが溢れ出す。


 くるみからもこうして、碧の存在を求めてくれている。好いてくれている。そうはっきり自覚させられ、思考に白いもやが掛かっている。何も考えられなくなっていく——。


 そのままにすればどうにかなってしまいそうなほどの情動を持て余しながら、せめてそれをくるみが決して傷つかない形で伝えようと、両腕を折れそうなほど細い肢体に回し、横になったままぎゅうっと抱きすくめる。彼女がぬいぐるみを抱き締めて眠る時と、ちょうど同じ……あるいはもっと昂った切望を伴って、互いの存在を確かめあう。


 そのまま近寄せ、手探りするようにたどたどしく浅いキスを交わした。


 ふたつの継ぎ目が離れてからも、碧はくるみの体まで手放すつもりはなく、より引き寄せるがまま。こちら体の真ん中に、つんと整った小さな鼻先が(うず)められた。




 ——体温。大好きな匂い。吐息のくすぐったさ。




 早鐘を打つ心拍とその振動も、うるさいほどの音を伴って、すでにありありと伝わっているだろう。


 聴きいっているのか、温もりを味わっているのか、はたまた何かを考えているのか。


 くるみはじっと身動きせず腕の中でしばらく温もりを渡しあった後、もぞもぞと上体を手で支えて冬掛けをすべり落とし、ぴしっと正座をした。


「あの……碧くん」


 そのささやきは甘く掠れていて、どこか乞うようなもので。


 碧も思わず、ベッドから体を折る。


「…………内緒話。いい?」


 くるみの瞳は、いつものように純度高く、怜悧に澄み渡ったものではなかった。


 甘い期待と逆上せた熱に突き動かされたように、恥じらいと湿り気を帯びて揺れて、祈るようにひたむきで、あふれた感情に押し負けて潤んで。


 何より、碧はそこにある何かから、目が離せなかった。


 その名は……戸惑いや気恥ずかしさより一番に占めていたのは、碧を大切な人として二人きりの秘密を重ねることを求める、まぎれもない慕情で。


 今宵ふたりの間に、言葉は少ないが——それよりも雄弁に語る目がそこにあった。


 生唾にこくりと喉を鳴らして、彼我の距離をなくす。


 くるみがくれたのは、文字にすれば僅か両手の指に事足りる、短い言葉の連なり。




「——————」




 今この世界で、碧だけが聞くことが許された、恋人からの純情で愛しい言葉。


 そのくるみ史上最大のおねだりに対する返事として——彼女の花のくちびるを塞いだ。


 キスを、肯定の代わりとして。




 一度のみならず、もちろん二度、三度。慎重に回数を重ねるごとに、くるみの表情はへにゃりとふやけ、それを見た碧も彼女ととけあうような錯覚が加速していく。


 くるみ本来の甘さが、重ねた口とヘーゼルの瞳から、じんわり伝わってくる。


 抱き止めるのに両腕だけじゃ足りなかった。喉からひっそり零れた、声とも音ともつかないのはいったい、どちらのものだろう。


 しかしそれすら二人は気に留める余裕なんかなく、ただ相手のことだけを百%に考えて、一つずつ互いの気持ちを確かめていくように、重ねて離れて——何度か口づけを交わす。


 腕のなかの肢体が、くてりと柔らかくもたれた。優しく優しく交わしたそれで、くるみの緊張が少し解れたと分かれば、今度は髪の毛に、額に、白くなめらかな喉に。


 くるみの体はどこもかしこも鋭敏で、ふれればそれだけで身を(よじ)ったり、いじらしいリアクションに事欠かない。


 様々に愛の印を刻み——やがてくるみの体のふれていいところはあらかた愛でたといった段階になると、ふるりと小刻みに揺れる手が持ち上がり、貸してたシャツの衿のあたりに人差し指がふれた。


「? ……っ。くるみ」


 一瞬だけ様子を見て、それからすぐ彼女の目的を悟った碧は、言葉も浮かばず咄嗟に名前を呼んだ。


 しかしその手は碧の静止を振り払うように、言うことを聞かない。ぶり返した緊張に雁字搦めにされているのか、たとえ体が震えていてもくるみはがんばろうとしている。


 ゆびさきの動きがぎこちないせいで上手くいかないものの、たっぷりと時間を掛ければボタンは順に外されて、シャツの前が焦れったく開いた。


 その体とは釣りあいの取れないぶかぶかのサイズだから、手を下ろせば制服は何の引っかかりもなく、肩口からすとんと落ちる。だが長い袖から腕を引き抜くのは、逆にどうももたついてしまうらしい。


 よいしょせっせと拙い奮戦の末、見兼ねた碧が手を貸したこともあって最後は呆気なく、彼女のしたい事は叶った。


 なけなしの大事な服のうち一枚を脱ぎ去った彼女が、カーテンの隙間から差しこんだ淡い光に照らされ、雪の妖精のようなすさまじい魅了と幻惑を伴ってぼんやりと視界に浮かび上がる。


 今となっては、一枚のキャミソールだけを着たくるみが。




「……——」




 秒針の音がいつしか遠ざかったのは、時が止まったせいだと錯覚したから。


 では外に降る雪が止まって見えたのは、この夜を終えたくないと思ったからだろうか?


 それほどまでに、目を逸らすのに名残惜しさを覚えるほどに、くるみの美しさは見事と言うほかない。


 完璧な曲線を黄金比に沿ってなめらかに描く肩、胴。華奢なのは前から承知してはいたが、本当に細身だ。ほっそりとした首筋から、眩いほどに白い鎖骨と二の腕にかけては余計なものの一切が削ぎ落とされ、彼女の普段からの努力を物語っている。


 だというのにシャツが居なくなったことで一番外に現れた清楚なキャミソールは、レースの縁取りを以てしても、同年代の平均よりは確実にあるであろうその大きな果実の全ては隠しきれていない。


 それが驚きに値するのは、その外見の細さのおかげで、正直ここまであるとは思っていなかったからだ。自分の掌に収まるかどうかという、理想とも呼ぶべきゆたかなふくらみも、僅かに覗く深い渓谷の始まりも、少なくとも私服のくるみからは想像のつかないもの。


 この格好をした今も、くるみ持ち前の上品さとか、楚々とした風情はそのままなのに、同時に立ち昇るのはなんとも言えぬ色香という、矛盾した印象を抱かせてきて。




 ——ちゅ。




 ふいに、頬に柔らかなものが押し当てられる。


 あ……と我に返って見れば、きっと自分の気をそっちから逸らさせるためにキスしてきたくるみが、伏目がちに離れていく。


 明かりのない空間でも分かるほどに恥じらい気味に耳まで色づかせ、両腕で前を隠すように、自分の体を抱き締めるように交差させた。


 そのせいで、角度の深い勾配を描く山がぐぐっと寄りあい、くっきり刻んだ谷を深くしている。惜しみないふくよかな白が、余すことなく視界に晒される。

 動きに押されて、細い肩紐が、腕のほうに垂れた。




 ——……このまま。

 思うままふたりが睦みあえば、その果てに待っているもの。




 それを遠くに思いながら、彼女の体を脱ぎ捨てたシャツと一緒に優しく引き寄せ、寒くないようにとそれをくるみの肩にかけた。


 崩した胡座のあいだにすっぽり挟まるようにしたくるみとしばし抱擁し、見つめあい。


 ——とさ。


 と、体を掌で支えながら、優しくベッドに押し倒した。


「!」


 白いシーツにしわを寄せたその真ん中に倒れこんだくるみは、一瞬びくっとして瞳孔を小さくさせたものの、すぐにさきほどの調子を取り戻す。


 硝子を曇らせるまろやかな蒸気にも似た空気を香らせて、そこにひとさじの熱望をとろりと垂らして。焦がれるように、こちらをぼうっと見上げているのだ。


 ぞくりと体に血が巡り、図らず前屈みになってベッドに手を突けば、キャミソールの裾が捲れていることに気づいた。そこからは日本人離れした白さを誇るお腹と、可愛らしいおへそが覗いていて、それがどうしようもなく恋しくなって——碧は手を伸ばす。


 しなやかに鍛えられたくびれの線を、鳩尾にかけてなぞるように掌をすべらすと、震えていた細い身がうねり、眼差しは羞恥から逃れるようにそっぽへ注がれる。


 彼女が視界のはしっこで、こちらの挙動をおずおずとうかがっているのを碧は知っていながら、その焦点を絡めとるようにくちびるを奪う。




 白い聖夜の底で、ふたりだけの秘密が降り積もる……。



 

 ——だけど。




 雀の涙のような判断力で、ベッドの縁から落ちかけていたシャツを拾うと、ばさりと広げてくるみに掛けてやる。


 ついでに灯りのリモコンも押し、ものの一秒で夜から真昼に切り替わった空間で、目が眩んだようにまぶたを降ろすくるみに躊躇の末、冗談気味に少しおどけて言った。


「なんか……クリスマスに、悪いことしてる気分になるね」


「え? あっ」


 自分の格好を改めてきょろりと見直した彼女は、ぼっと頬を火照らせた。


 それがちょっと申し訳なくて、神聖な少女の白肌を隠すように、第二ボタンからの続きをぷちぷちと閉じてやる。


 ばつが悪そうにする気配があるので、何か言葉をかけようと思い見上げると、すぐ目の前でぱちりと視線が衝突。


 しばらく見詰めあい——なんだか可笑しくなって、どちらからともなく、落ち着くに忍びないはにかみを共有するように二人で笑いあった。


「訊いてもいい?」


「え……?」


「今から僕とそうなるのと、一緒に寝るだけなの、選ぶとしたらどっちがいい?」


 文明の生んだ光の下でますます頬が赤らむも、くるみはまだ空いたままだったシャツの一番上をかきあわせつつ、恥じらいを表現するように瞳を伏せた。


「わ。私は——。……」


 返答に迷い押し黙ったくるみに、碧はやっぱりそうだよな、と思いながらくしゃりと大雑把に髪をなでた。


「……今日は夜ふかしして悪い子にしたら、サンタさん来なくなっちゃうもんな」


 くるみはただでさえ丸い目を、さらにくりくりと真ん丸くさせる。


 それから、迷いを振り切るように髪の毛を左右に揺らすと、打ってかわって、子供を見守るような優しい眼差しを注いだ。


「確かに……碧くん今日までずっとバイトも勉強もがんばってたし。折角プレゼント運んできてくれたのに貰えなかったら、やだもんね。……うん」


 そうだねと頷いて、返事の代わりとする。


 でもサンタさん云々は、どちらかというと自分の情けない言い訳だった。


 きっともう壁らしい壁はないに違いない。


 まだ高校生とはいえ恋人同士で、二人とも同じ気持ちで、交際云々に関しても、両家の親から公認も貰って。決意表明をしたふたりの将来も、まだお互い明確に口にはしてないが、きっと確かなもので。


 他愛ないふれあいも恋人らしい可愛らしい睦みあいも、くるみが嫌がらないのは百も承知で、そのうえで——こちらにふれる手さえを震わせる彼女を見ると、思考だけは体とは離別したように、嫌になるほど冷徹に冴えて、いろいろと考えてしまったのだ。


 もちろん、今日の外泊を許してくれた両親の信頼を裏切るわけにいかないのもあるけれど、ほかにも、今ここで関係を深めてしまえば日本を離れるときに足枷になるんじゃないかとか。


 あとは恋愛においても潔癖に近い完璧主義であるくるみがここで拒まないことの、真の意味と——彼女の将来をまるごと予約する本当の約束はまだ出来ていないことの、理想と現実との相違とか。


「その代わりに卒業して大学に行ったらその時は……僕のものになってくれると嬉しい」


「……うん」


「腕枕すぐ終わっちゃったでしょ? もう一回ちゃんとしとく?」


 さっきの夜の底での出来事がまだ尾を引いているのか、まだ彼女の頬の赤みは引いていないが、いつになく穏やかかつ安堵をたたえた表情で「……はい」と首を縦に一度だけ振ってくれた。


 頷き返し、一度くるみを抱き締めると、そのままベッドに倒れこむ。ふわあっと空気に柔らかな栗毛の動きを残し、一緒になって転がった。


 二の腕には、羽のようにかろやかだけど確かな重みのある存在が……くるみがいる。この言葉にできない幸せを、腕にある小さな愛しいものに一点集中させるように、空いた左手でぎゅっと深く抱き寄せた。これがあるなら、男の恥なんか喜んでかけると思った。


 穏やかな……今度こそ本当に穏やかな夜が、やってきた。


「旅行の話だけどさ。次の春に行こうか。ドイツ」


「!」


 絡みあった格好からしてすぐそばに耳許があったので、煩くならぬよう小さくささやくと、くるみは必要以上に驚いた。


「大丈夫?」


「きゅ……急な話だなって。確かにお小遣いも半年かけて結構貯まったけれど」


「くるみのお父さんに頼まれたんだよ。僕の父親にもきちんと会って挨拶してくれって」


「じゃあしれっと旅行の許可もとってたってこと? ……あなたってひとは」


「呆れた?」


「ううん。その逆。私の彼氏はすごいひとだなって思ったの」


 僅かな隙間を埋めるように、あどけなくてくすぐったい笑みを小さく零して、くるみからも距離を詰める。


 気温〇度に近い真冬の夜も、こうしてふたりで閑言交じりに寄りそえば、ぬくぬくと温かい。


「はは……僕っていうよりは友晴さんの娘の溺愛っぷりのせいなんだけどね。とりあえず飛行機の予約は早めにしとく。泊まるのはうちの実家になるからホテルは要らないけど……くるみは何泊したい?」


「えっと……あまりご家族のご迷惑にならないくらいなら? 旅行、あんまりしたことないから感覚が分からなくて。父がいいって言って、碧くんのお父様もいるご実家にご挨拶にということなら多分、制限はないはずだけれど」


「じゃあ二週間とすこしにしようか。父さんには話してあるんだけど、くるみに会うのずっと待ち侘びてたみたいだし大歓迎だってさ。行き帰りでそれぞれ一日必要なのもだけど、僕もくるみにあっちで見せたいものがたくさんあるからさ」


「分かった。オーストラリアの時はそれより短かったし、兄の大きいバッグを借りたから、今度は自分のキャリーをちゃんと買わなきゃね」


 くるみとしても問題ないらしい。


 となると、ほぼほぼ春休み丸ごとをドイツで過ごすことになる。


 着替えのほかにも学校の課題や自習のための勉強道具やらも持っていかなければならないので、やや荷物がかさばりそうだが、親への挨拶という名目になったとはいえ恋人と欧州へ旅行なんて一生に何度あるか分からないので、十分遊べるだけの期間はほしい。


「私も……碧くんの育った街がどんなところか早くみてみたかったから、嬉しい」


「うん。待ち遠しいね。旅行も、一緒に暮らすのも」


「……うん。私も、貯金がんばるね」


 ぽやぽやと徐々に眠気を帯び始めたらしく、くるみはふやけたような就寝の挨拶をした。


「おやすみなさい。あおくん」


「……おやすみ」






 その夜、碧は一晩中眠らなかった。眠れなかった。


 うとうと微睡み、だけど決して熟睡はせず、月明かりの照らすくるみのまっさらな寝顔を拝見し、時々思い出したように頬にキスを落とし、それからまた微睡んだ。


 相当疲れ切っていたんだろう。すやすや規則正しい寝息を繰り返すくるみは、一度も目覚めはしなかった。




 

 そして——名も知らぬ鳥のさえずりと共に、夜明けが来た。


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