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第200話 幸福な冬の休日のひととき(2)


 その後はなんとか両者復活したのだが、ふたりとも一度熱中するとまわりの音が聞こえなくなるタイプなのもあり、暖房であたたかい空気のなかしばらくはお喋りも少なく黙々とかざりつけを進めていた。


 初めは裸一貫で寒そうだったツリーも、どんどん華やかに、煌びやかになっていく。


 やるからにはとことんタイプなくるみも彼女なりの美意識と拘りを出し初めて、この辺に赤系統が少ないだとか、バランスを考えると靴下はあっちがいいとか、工事の現場監督に勤しんでいた。


 碧も碧でくるみがあっちこっちと指示を出しているのを見るのがおもしろくて、ひっそりにまにましながら、せっせと奮戦する妖精さんを目に焼きつけた。


 箱にあった飾りのほとんど全てが枝にぶら下がったところで、長いモールの端っこ同士を持って、協力しながらぐるりと巻きつける。これでひと段落かと思いきや、まだこれで完成じゃないことをふたりは知っていた。


 いや……きっと誰が見ても分かるものだろう。


「星。残ってる」


「そうだね」


 すっかり空になったオーナメントの箱。その一番底には、きらきら輝く黄金の五芒星が、最後のおおとりの出番を待って眠っている。


「ほら」


 碧はそいつを拾い上げてくるみに手渡した。


「一番上に刺すんだよそれ。こう、ぐさっと」


「そ、それぐらいはさすがに知ってるけど。……碧くんはしたくないの?」


「僕は小さい頃にさんざんやったからいいの」


 ある年からは妹にその役目を譲ったけれど、手が届かない妹を抱っこしてやったので、半分は自分も飾ったようなものなのだ。


 しかしくるみは星を手に、うずうず半分、おずおず半分。こんな提案をしてきた。


「……なんだかショートケーキの苺だけ貰ってるみたいな気持ちで悪いし、じゃんけんで決めるのはどう?」


「えー。じゃあ僕ぐー出すからくるみはぱー出してよ。いい?」


「そ、そんなこと言ったら心理戦になっちゃうじゃない。ばか」


「素直にぱー出せばいいのに……」


「それだとじゃんけんの意味ない!」


「僕は君に勝ってほしいだけなのになぁ。もし僕が勝ったら三回勝負にするし」


「……碧くんが三回勝ったら?」


「今度は百回勝負だ」


「……分かった。碧くんがそこまでいうなら、お言葉に甘えて私が乗せちゃう」


 諦めた目をしつつも、わくわくに頬をほのかに紅潮させて、雪だるまにそっと帽子をかぶせてやるように、五芒星をてっぺんに乗せた。


 たったそれだけで、物足りなかったもみの木は立派な十二月の象徴になり、ただの冬のリビングはクリスマスに彩られた幸せな空間へとランクアップする。


「……できた」


「うん。お疲れさま」


 労いの言葉を掛けるものの、くるみはきらきらした瞳で完成したツリーに魅せられたままで、碧はひっそりと小さな笑いを残してキッチンへ。


 戸棚から小さな鍋を取り出し、袖をまくる。


 とろ火にかけた底でココアを練りつつ、ほんのちょっとの塩と隠し味のシナモンを振り、そしてミルクを少しずつ加え、ホットなので最後にマシュマロを乗せる。


 子供の時に母親から教わった数少ない貴重なレシピである。


 ちなみに長らくごぶさたしていたドイツ語講座だが、ココアはあっちじゃ〈Kakao〉と言う。カカオ豆から出来ているとはいえ、翻訳するときに訳がわからなくなりそうだ。


「くるみー。ココアあるけどいる?」


「! いるっ!」


 普段はお茶派のくるみだが、この秋矢家謹製ココアについては別。


 マグカップを渡せば口許がふやけるのは、湯気のせいだけではなさそうだ。


「ぬるめにしてあるから大丈夫だよ」


 もちろん言われずとも、猫舌でも問題ない温度にしてある。


 角のない白くなめらかな喉がこくりと鳴るのを眺めながら、尋ねる。


「どう?」


「……甘さが引き立ってておいしい。これなら湊斗さんのところで大活躍、間違いなしだと思う」


「ならよかった? あっちはコーヒーだから勝手がぜんぜん違うけどね」


「……碧くん」


「ん?」


 くるみは半分残ったココアを慎重にテーブルに戻すと、抱っこをせがむ子供のように、はにかみながら両腕を伸ばしてきた。


「……いつもの。したいな」


「ココアじゃ足りなかった?」


「私の糖分は碧くんから摂取するのが一番いい」


 なんとも可愛いことをいってくる彼女にきゅっと唇を結びつつ、お望みどおり後ろから包みこむ。


 これが、ふたりにとっての〈いつもの〉だ。


 この格好になって、一緒に一枚のブランケットに包まる。秋冬になってから二人で過ごすときの幸福な定番。


 望みが叶い幸せそうに喉を鳴らすくるみに、猫を抱っこして可愛がってるみたいだなと思っていると、彼女は再びマグカップを手に取って言った。


「ね。碧くんはサンタさんは何歳まで信じてた?」


「ん? 信じてたって?」


「え。……あっ」


 わざと調子外れに聞き返すと、くるみはまずったと言いたげに口許を両手で押さえる。


 もちろん碧は笑った。


「冗談だよ。さすがに高二だし。空想の人物ってのは分かってるって」


「や、やめてよ。まさか一人の夢を壊しちゃったんじゃと思ったのに」


 安堵のため息を落としつつも、まだどこかはらはらした表情に、碧は勿体ぶって訊く。


「……サンタかぁ。……ぜったい笑わない?」


「笑わない!」


「……十歳のとき。クローゼットにプレゼント隠してあるのを前の日に見ちゃって、それで初めて気づいた」


「ふ。ふふっ。可愛い。じゃあそれまではずっと信じてたんだ」


 約束をあっさり反故にして体を揺らすので、碧は不服を表現するためにやわもちの頬を突いた。本当はくすぐりをするのが一番有効だと知っているのだが、ココアを持ってるから駄目。ここまで計算までいれているのならお見事だ。


「アメリカのサンタ追跡サイトを見せられたり、あらゆる手段を行使されたんだよ」


「そんな配達みたいな……」


「子供にとっては配達みたいなもんだしね。そういうくるみはどうなの?」


「私は幼稚園までは信じてたけれど、小学校にはいった年から父と母が忙しくなって。それでなんとなく察しちゃった」


「……そっか」


 本人はあっさり回答をくれたものの、寂しい記憶を掘り起こさせたなら聞かなきゃよかったな、と申し訳なく思っていると、くるみは却って心配そうに振り返る。


「もう。碧くんが申し訳なく思うことないのに。上枝さんは私の好きだった物語の文庫本を毎年一冊くれたし、両親も出かける前に私にくれるものは上枝さんに預けておいてくれたから、プレゼントはきちんと貰ってるのよ。だから平気」


 その言葉どおり、哀しそうな様子は見受けられなかったので、碧は少しだけ安堵して、前に回した右手で彼女の左腕をぽんぽんとさすった。


「大丈夫だよ。今年はきっとサンタさん来るよ。くるみいい子でしょ」


「……来てくれるかな」


「うん。僕が電話かLINEして呼んでおくから」


「お手紙じゃなくて?」


「とっくの昔に令和だしさ」


「ふふ。それもそっか」


 くるみは気品ある笑い方をすると、空になったマグカップをテーブル預け、ぽすりとこちらにしなだれかかる。


 服の上から頬擦りをしたかと思いきや、可憐な面差しの上半分だけ持ち上げて、蜜を含んでふやけたようにはにかんだ。


「碧くん、ドキドキしてる」


 心音を聞いたらしいくるみは、その速度にちょっぴり嬉しそうだった。


「……可愛い彼女に甘えられてドキドキしない男はいません」


「そ。そっか」


「逆にくるみはしてないの」


「してるけど……聞きたい?」


 どこまでもピュアな瞳が、こちらに決定権を委ねた。


 思わず視線が、厚手のニットを下から持ち上げる山に移ってしまう。


 聞きたいです!! と元気よく返事した時の結論を一秒で導き出してしまい、咄嗟に首を振った。


「ち……ちょっと今日は止めておこうかな?」


 せっかくイブに約束をしたのに、棚からぼたもちと言えどこんなところでくるみを味わっては、いろいろとフライングしてしまいかねない。ご両親に挨拶しに行く時に会わせる顔がないのはとても困るのだ。


「そう。……あれ? 碧くんの鼓動さっきより早くなってるみたいだけど」


「僕の心境を実況しないでください」


「だって。急にだからどうしたのかなって心配で。……大丈夫?」


「大丈夫なので僕を見ないでください」


 清漣(せいれん)さをこれ以上突きつけられれば、後々こっちが落ちこんでしまいかねないのでぷいぷい首を振っていると、突如スマホが受信のメロディを鳴らした。


 助かったとばかりに手を伸ばして画面を見ると、湊斗のお父さんからだ。


 となるとバイトの話だろう。


「ごめん。ちょっと連絡見てくるね」


 友達からならこのままの格好でも見れたのだが、さすがに仕事の件となると別なので、惜しみつつくるみの温もりから離れ、立ち上がって返信に応じる。


 予想どおり、メッセージはシフトについてだった。


 今週末から出られるか、という確認に返答を済ませてリビングに戻った碧は、ソファでココアをちびちびと物足りなさそうに傾けているくるみに言う。


「バイトのことだった。来週の土日から早速出れないか、だって」


「じゃあちゃんと受かったんだ。おめでとう?」


「うん。面接はほぼ挨拶みたいなものだったから。つまり誘ってくれた湊斗には感謝だ」


「それもあるけど、碧くんが頼りがいのあるしっかり者だっていうのが伝わったからっていうのも、あると思うな」


 この子はちょっと碧のことを全肯定しすぎじゃないかと思うが、両手をあわせて心からの祝福をくれる彼女を否定する気にもなれず、その名を碧は呼ぶ。


「くるみ」


「はい?」


「再来年はこの家じゃないだろうけど、僕はまた二人でこうしてツリー飾りたい」


「飾ろうねじゃなくて?」


「僕が言い出したことだから……くるみの許可は要るかなって」


 一緒に住みたいというのは碧からの提案で、一方通行な希望の押しつけにはしたくないから、そういう言い回しになった。


「許可なんかいらない。私は、碧くんの行くところならどこにでもついて行くし」


 くるみは、どこか迷うような瞳を床に落とす。


 しばらくゆらゆら揺らしてから、振り切るようにこちらを見ると、甘くそして沫雪のような儚げな笑みで、小さく頷いた。


「……私もまた一緒にクリスマスツリー出したい。今度は碧くんと一緒に借りた家で」


「そっか。じゃあ僕もがんばる。くるみのためにじゃなくて自分のためにね」


 一緒に住むのはあくまで、自分のわがまま。


 その資金のためにバイトをするのも、自分の決めたこと。


 たとえくるみが賛同してくれても、それを盾や大義名分にする気はない。


 彼女の甘く可愛い笑みを、今後も一番近いところで見守っていきたい。


 碧がそう心に決めながら白い頬をくすぐるようになでると、くるみは僅かに瞳を潤ませ、ツリーにぶらさがるトナカイの人形のように、可憐な笑みを浮かべた。


なんと200話に到達しました!

連載開始したてのころからは考えられないです☺️

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