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第194話 ふたりのクエスト(1)


 改めて確認すると。


 ——親への大学受験の進路相談。

 ——くるみの家族への挨拶。

 ——そしてそのためにふたりとも、本分の学業でいい成績を収める。


 それがそれぞれに与えられた〈クエスト〉だった。




「同棲!? ウソっ! いや嘘なわけないか……じゃあほんと!?」


 一緒に勉強をする目的でつばめの家を訪問した、試験も近しいとある放課後。


 その際に碧と話したことを報告したのだが——案の定ものすごくびっくりされた。


 自分でもまだ受け止めきれていないし、都合のいい夢なんじゃないかなって思うから、友人の驚きも相当なものだっただろう。


 折りたたみのテーブルには、まだ温かなホットレモネードがマグカップから湯気を立てていて、試験勉強のための教科書が開かれたまま。


 ラグの上にぺたりと座ってクッションをひざに乗せながら、くるみは小さく笑ってこう言った。


「そうよね。びっくりするよね。……私もまだあんまり現実味帯びてるかんじしないもの」


「そりゃそうだよーまだうちら高校生だもん。そんでそんで? くるみんはなんて?」


「えっと。私も一緒に住みたいって、そういう返事をしたというか……」


「きゃーっ!」


 ぽっぽと湯気を立ち昇らせながらことの顛末を報告すると、興奮気味につばめが抱きついてくる。コスメカウンターのような大人っぽい香水の匂いがふわりと鼻をくすぐった。


 後でどこのか聞いてみよう、と場違いにそんなことを思う。


「だよねだよねー! 愛しの彼氏と住むって一度は憧れるもんねー! なーんかずいぶんと大人のカップルみたいになってるよね。偉そうにアドバイスなんかしてたけど、考えればつき合ってからの経験値でいうと私なんか遠く足下にも及ばないもんな」


「そんなことはないわ。正直言うとまだ……きっキスくらいだし——あっ」


 はずみで現状を報告してしまい、赤くなりながらうつむくくるみには気づかずに、つばめは微笑ましそうに両手を組む。


「二ヶ月になるのにキスだけって……純情同士だなぁふたりとも。でもそれなのに同棲って冷静に考えてすごくない? ずっと一緒にいるんだよ!? いやーくるみん愛されてるねっ!」


 愛というワードに思わず、借りたクッションを抱きしめる腕に力が入る。


 言われた時は衝撃のあまりそういう段階をすっ飛ばして先のことばかり考えてしまったが、確かに言われてみれば、当たり前だけど二十四時間毎日一緒にいるってことだ。


 というか、とつばめが首を傾げる。


「まだ二人暮らししてなかったのかーって、今気づいたよ。今までがナチュラルに同じ家にいること多すぎてさ。おしどり夫婦は伊達じゃないよね……」


「こっ。高校生でそんなことする訳っ。そういうのはまだ早いから!」


「うふふふーそうだよね! けど今はまだでも、大学生はもう十八歳で大人だもん。ある程度のことは自分で決める権利を貰えるようになるんだもんな。ところでどんなとこに住むの? マンション?」


「でもまだ一年以上先のことでしょ?」


 くるみは首を傾げた。


「だからそこまでは考えてないの。というかまだなにも。だって今いいところ見つけても、引っ越しの頃には埋まっちゃってると思うし」


「でもそういうのを調べるのも楽しみのひとつじゃない? くるみんは優等生だし推薦とかで早めに決まるかもだけど、受験はだいたい冬の終わりまで拘束されることになるし、そしたら上京する人とかが物件決め出して椅子取りゲームになるってお兄ちゃん言ってたし」


「それも……確かに一理あるかも」


「うんうん。だからどんな家に住みたいかは、今のうちにイメージ固めといてもいいと思うな。あっほらほらこれとかどう?」


 つばめが手早くスマホで検索し、ぐいっと家探しのサイトを見せてくる。


 そこには間取りと家賃、そして最寄駅がずらりとリストで表示されていた。


「1LDKで駅徒歩三分。ふたりの志望大学からだと十五分。けどちょっとお高めかな」


 家賃の相場が分からないくるみは、なんとなく首を傾げるしかない。


「ピンとこないか。くるみんは徒歩何分まで許容できる?」


「んん……駅近くであることにそこまで拘りはないかな。少し歩く距離でも、私はぜんぜん大丈夫。碧くんもなんとなくだけど『住めば都』っていうタイプに見えない?」


「あははっ確かに。どこでも寝れそうなかんじする。他に条件は?」


「どうだろう? しいて言うならお手頃価格なスーパーがあると嬉しいのかな。なるべく近所で済ませたいし、毎日の買い物が高くつくといろいろ節約に苦労しそう」


「わあ。逆に私そこはぜんぜん思いつかなかったわ。さすがの主婦力」


「も、もう」


 照れ隠しにつばめの腕をぺちぺちすると、まるで効いてないように彼女が言う。


「ていうか私たち今すごいオトナな会話してるよねー」


 家探しだもんなあ、とシングルベッドに後ろ手をつくつばめ。


「つばめちゃんは近頃どうなの?」


「え? わたし?」


「詳しくは分からないけれど、お仕事のこと学校のみんなに教えちゃったんでしょ? 学祭終わってからますます人気者になっちゃって、お昼もあんまり一緒できる日なかったし」


 連休明けの皆がサインを貰いにつばめの机に集まったり、彼女のSNSのポストの話をしていたので、何があったのかは察している。


「ごめんねー。ほんと最近ばたばたで……くるみんには二人きりでゆっくり話せる時に言おうと思ってたんだけど——」


 ベッドから立ち上がると、キャビネットの上でごそごそと何かをする。


 その後ろ姿を不思議に見守っていれば、振り返ったつばめはえへへと表情を真夏のひまわりのように綻ばせる。それから、じゃじゃーんとファンファーレを口遊んで、手の甲を——もっと言えば右手の薬指を見せてきた。


 シンプルなデザインの指輪がそこには光っている。


 小さく嵌められているのは澄んだ緑の石——彼女の誕生石であるエメラルド。


「実はねー。これ湊斗に貰ったんだ!」


「えっ」


「そんでつき合うことになったの!」


 今度はこちらが驚く番だった。


「ええ!? そっかとうとう……?」


「長年の片想いがやーっっっと叶ったのよ!」


 あまりに突飛な話で、思考が追いついていないが、めでたいことは確かなので祝福の気持ちをたっぷりこめて拍手をする。


「おめでとう。よかったねつばめちゃん。本当の本当に」


「えへへへーありがとね。学祭の時に私の気持ちを知られちゃってねー。今までいろいろすれ違いみたいなのもあったし、出し物の直前だったからその日はなあなあで終わっちゃったんだけど、つい先週この指輪を買って、改めて告白してくれてねー……他の人が寄ってこないようにだって♡♡♡」


「すごい……語尾にハートマークがいっぱいついてる」


 親友のかつてないふわふわした空気に圧倒されるばかりだった。


 すごく幸せそう——と思いながら、その幸福をお裾分けしてもらう気持ちで眺めていると、はたと視線が交錯する。今の気分を共有するように、乙女同士ふくふくと笑いあった。


「つばめちゃん可愛い」


「えー!? もーやだなあー可愛いのはくるみんだから!」


「ふふ。テンションも高いね? 今日は」


 自分が碧と交際をスタートさせた時のことを思い出す。


 きっと今のつばめみたいに、ずっとふわふわと夢見がちだったのだろう。


 夢見がち——という甘い言葉を、どこか苦い響きで転がす。


 今もきっとくるみは碧からの誘いに浮かれていて、はしゃぎたくて……けれど浮かれているだけじゃどうしようもない現実も、この先には横たわっている。


 将来のこと、家族とのこと……そして自分のこと。


「どうしたのくるみん。なにか心配事?」


 つばめに呼ばれて、現実に引き戻される。


 くるみはぶんぶんと首を振ってつばめとの会話に復帰しようとして……やっぱり何かが引っかかったように何気なく訊ねてしまう。


「……つばめちゃんも」


「ん?」


「いつか湊斗さんと二人暮らしとか考えないの?」


「ええっ!? なして!?」


「すごくラブラブみたいだから……」


「いや出来たら最高だけどさ!? けどまだ交際始まったばっかだし、話するにしてももちっと落ち着いてからかな。それにうちらは友達ってか……幼なじみでいる時間が長すぎたから、一緒に暮らしたらすぐに家族みたくなりそうでそれが気がかりなんだよね」


 つばめは羨ましそうにこちらを見る。


「私は休みの日は家じゃ中学のジャージだし眼鏡だし。前髪もこうピンで雑に留めててさ。湊斗の前じゃもちろん恥ずかしくて出来るわけなくて……。くるみんは育ちいいし普段からお上品だから、そういう心配ないんだろうけどさ」


 つばめの話には正直、なんとなく他人事とは思えずはっとさせられたが、自分の心配がなんなのかも気づけないまま。


「きっと上手くいくよ。その同棲の話!」


 つばめはクッションの上におかれていたくるみの両手を、励ますように握った。


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