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第184話 七月の縁結び(3)


 人の流れに乗りつつゆっくりゆっくりと縁日を進み、ふたりはたこ焼きを一パックずつと唐揚げ串、そして長〜いロングポテトを買って、道のはしのほうに寄っていた。


 好奇心旺盛なくるみはというと、普通のじゃが芋より明らかにでかいロングポテトのレシピが気になるのか、じっと眺めて分析に勤しんでいる。


 たこ焼きのさいごの一つに爪楊枝を刺して、碧が言った。


「あと買っときたいやつある?」


「私はいいかな。これしか買ってなくても、案外お腹いっぱいになってきたから」


「それは多分……おまけしてもらったからだと思うよ」


 美人は得をすると言うが、くるみの購入したものは串は一本多かったり、たこ焼きがふたつも多かったりしていた。正直、店員のおじさんの気持ちはわかる。


「おまけ? ふたりとも浴衣だから?」


「まあ……うん。そういうことでもいっか?」


 普段なら分かるだろうに、祭りで高揚しているからかと苦笑する。


 そんな彼女は今日、周りの目に頓着がなかった。


 如何にも楚々とした、様子のいい美少女がいるのだ。通りすがる人々は十人が十人振り返ってくるみに目を奪われているのに、碧が隣にいるからか、本人はすっかり警戒は解いている。それはそれで、碧しか視界にはいっていない証拠でもあり喜ばしいことなのだが。


 もし碧が一瞬でも目を離したら、(かどわ)かしにでも遭ってしまうかもしれないから、もちろん片時も余所見はしない。


 それには好きな子の浴衣を一秒でも目に焼きつけたいから、という私情も挟まっているがとにかく、くるみを独占して二人きりで夏祭りに来るだなんて今後どんな善行を積んでも引き寄せられない幸運なのは確かだから、目一杯思い出に刻み尽くすと決めていた。


「碧くん碧くん。あれなに?」


 紙皿を空にしたところで、くるみが共衿を引く。


 ヘーゼルの瞳がきらきらと輝いていた。


「あれ? 射的のこと? おもちゃの銃を撃って倒した景品を貰えるんだよ」


 ひな壇には、様々な景品が並んでいた。


 下はそれほど難易度の高くないお菓子の類で、上にいくに連れ大きなおもちゃの箱がそびえている。さすがに一番上のプレステ5の箱などはもはや客引きのための目玉なので落とせないと思うのだが、中段までなら初心者のくるみでも何とかなるかもしれない。


「折角だしやってみる?」


 財布から一回ぶんの小銭を取り出すと、くるみはどうしようかと一瞬戸惑うそぶりを見せたが、やがてこくりと頷いた。


 弾数や引き鉄などの説明をしてから、受け取った銃にコルクを詰めてくるみに手渡す。


「何狙う?」


「私……あのキーホルダーがいいなって。スクールバッグから下げてみたい」


 指差したのは、透明な箱にはいった可愛らしい白うさぎのチャームだった。


 くるみの学校鞄には何もついていないので、あれが取れればより女子高生らしいバッグになることだろう。幸い、落とすのに難儀するようなものでもなさそうだ。


 浴衣の袖をきゅいと捲って銃を構えた。碧が教えてやったとおり、銃口と目線の高さをなるべく同じにしながら、おそるおそる狙いを定めている。


 なんだかその姿は戦場に舞い降りたうるわしき狙撃手のようで、妙に様になっていると思ったが——


「あっ」


 ぽんと放たれたコルクは景品の横をとおり、後ろの布へ。


 むむっと唸りながら残りの四発も撃っていくものの、一発だけ箱を掠った以外、ケースはびくともしなかった。


「あはは。初めてなら当たっただけ上出来だよ」


 くるみはこんなところでも負けず嫌いを発揮し、むーっと頬をふくらませた。


「じゃあ碧くんが仇を討って。私の代わりにあの白い子を落としてよ」


「よしお任せあれだ」


 正直、射的は子供の頃以来なのだが、こう可愛く頼まれたとあっては、仮に一番の大当たりのおもちゃ相手だとしてもがんばるしかない。


 お金を払い、くるみの銃と追加の五発のコルクを貰うと、空気を装填させるトリガーを引いて手早く銃口に詰めた。銃床を肩に押し当てて構える。


「小さいお菓子なら真ん中に当てても倒せるけど、キーホルダーはそれよりはちょっと重いだろうから、上の角を狙うんだよ」


 くるみが目を輝かせて、こくこくと頷く。


「見たところ重心が下にあるから、バランスを崩させるというよりは、押す攻略になるかもしれないな。こんなふうに」


 説明しながら引き鉄を引くと、ぽんっという音とともに箱がやや斜めに回転しつつ後退する。少し移動して撃った二発目は反対の角に当たり、押された箱は断崖のぎりぎりへ。


 次でいけるな、と確信を持った三発目では狙い定めたとおり、命中したキーホルダーの箱がぐらりと倒れて落下した。


 同じ要領で、残りの二発をとくに何も考えず、近くのお菓子に当てる。


 そうして貰った景品のうち、ついでにとったほうの二つをじっと見て……片方だけ自分の巾着に仕舞い、残ったほうをキーホルダーと一緒にくるみに渡す。


「はいどうぞ」


「す……すごい!」


 呆気にとられていたくるみも、キーホルダーを受け取ればじわじわ歓喜を滲ませる。


「今日の碧くんいつもの二倍は格好いい! なんでだろう」


「女の子が取れなくてむっとしているところを男がさらっと落とすからじゃない?」


「それは釈然としないけど。……でもありがとう碧くん」


「巾着いっぱいなら僕が持ってようか?」


「ううん。自分で持つから大丈夫。自分で持ってたい」


 そう言ってくるみは箱から出したキーホルダーを目の前に掲げ、頬を上気させながら、まるで子供が初めて打ち上げ花火を見たように潤った目で眺めている。


 こんなに喜んでもらえたなら今日は誘ってよかったなと心の底から思っていると、くるみがふわあっと笑い、どきっとした。


「これで明日の模試もがんばれそう」


「もう大学のこと意識してるんだ。さすがだなあ……って明日?」


「前日に遊んでていいのかって思ったでしょ。普段から勉強は欠かさないから大丈夫」


「それは知ってるけどさ」


 思えば高校二年の夏だ。


 早い人はもっと早くから対策を始めているが、多くは秋ごろから志望校を目指して勉強に本腰をいれていくことになる。


「碧くんは模試とか行かないの?」


 今のところは必要がないんだ——と言おうとして、止める。


「まだね。考えておくよ。とりあえず明日のくるみの勝利に祝杯だ」


「もう。それは結果が出てからすることでしょう」


 呆れたように、それでも優しく慈しむように目尻を下げたくるみが、うさぎのチャームを引っ掛けた指をおずおずと近づけ、そのまま小指だけを絡めてくる。


 ゆらりゆらりと、うさぎが二人の間でときめくように、振り子のように揺れ動いた。


「学校の勉強は私が教えてあげるから、碧くんはこれからも、私にその他のいろんなことをいっぱい教えくれるとうれしい」


「じゃあ今度は自転車の乗りかたを教えてあげるよ」


「え。じ。じてんしゃ」


 くるみは言葉を詰まらせた。


 乗ったことがないせいで乗れないだけなので何も恥じることはないのだが、この歳での練習に抵抗があるようだ。物事を習得する要領も人並外れているので、何日か集中すれば克服はできると思うのだが……。


「べ、べつに乗れなくても困ることはないというか」


「晴れた日にちょっと遠出してサイクリングとかしたらさぞ楽しいんだろうなあ」


「い……いじわる言わないでよ。わかったから。そ……その代わり、するのは深夜ね」


 おかしな条件を押しつけてくるので、常識に則って返答する。


「だめだよ。警察に補導される」


「学校の人に見つかったらそっちだって大問題なの」


「じゃあドイツに行ったら練習しよう。そしたら知ってる人は僕と千萩とルカくらいだ」


「……それなら百歩譲りましょう」


 しかたないなと言わんばかりにくすくす喉を鳴らしたくるみが、頬を幸せそうにうっすら染めたまま、キーホルダーの紐ごと包むように、握った手に力をにぎにぎとこめた。


 その浮かれた様子があんまり可愛かったから——碧は自分だけひっそり持ち帰る予定だった、もうひとつの景品をこのあと渡すことを、決めた。


 巾着のなかには、真っ赤なダイヤモンドのリングキャンディ。


 宝石が大きな飴でできた、子供の夢の指輪……。


 いい歳してこんなのに意識してしまっている自分がほとほと情けないが、今日一日子供のようにはしゃぎ続けているこの様子じゃ、深読みもせず素直に貰ってくれるだろう。


「碧くん?」


「ん? ああなんでもないよ。さきに冷やしパイン買いに行こっか」


「さきにって? 何か他にしたいことあるの?」


「……何でもありません」


「あ。君もそう言う」


 抗議するように腕を突っつかれるのがくすぐったくて、焦れったくて。


 されるがままになりながら、碧は縁を結ぶ指輪が眠る巾着を、うっかり失くさないよう聢と握った。


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