第166話 王子様は振り返らない(2)
その後くるみと一旦別れ、碧はロッカールームで服を脱いでいた。
三階の窓から見える裏庭の木はすっかり枯葉だ。ほんのり紅潮した空気に揺られて、一枚また一枚と終わりに近づく秋を惜しむように枝を離れていく。
気づけばもうまもなく十一月。明日も寒くなりそうだな、と思いながら脱いだ上着をたたんでいると、がらりと扉が開いた。
「……あ! いたいた!」
息を切らしてはいってきたのは颯太だった。
着替えの手を止めていちおう辺りを見渡すが、自分だけが着替えの時間をずらしていたので、他は誰もいない。なので探していたのは碧で確定だろう。
だが急ぎの相談事を持ち込まれる心当たりはない。
彼もまた試着として、さっきまで派手な王子の格好をしていたのだが、ひと足先に着替えたらしく今は制服に戻っている。
「あれ。王子様? どうかした?」
制服のシャツを手にかけたまま、わざと冗談めかすように尋ねると、扉を後ろ手で閉めた颯太は、言葉では表現できないような曰く言い難い目をして、小さく笑った。
「俺はそういう柄じゃないよ」
「けっこう似合ってると思ったけど」
「えー? そこはやっぱお姫様と結ばれた碧っちの役目だろ?」
「そんなことないと思うけど。……ところで何か話でもあった?」
空っぽな明るい声をあげる彼に話を促すと、迷うそぶりを見せて首を傾げる。
「あーえっと……来週の学祭がんばろうな……?」
「お。おー?」
間抜けなエールと、情けない返答。颯太は、じゃなくて、とがしがし髪をかく。
「碧っちからちょっと時間貰いたくて。今大丈夫だった?」
「いいよ。その前に寒いから服着ていい?」
「あっごめん!」
改めてシャツを羽織って、ボタンを止めながら視線を送って再び続きを促すと、颯太は宿題を忘れた子供みたいに曖昧に笑ってから、苦しげに目を伏せた。
大事な話だな、とそれだけで直感する。
こうして会話が途切れると、校内の静けさがよりはっきりする。まるで世界にふたりだけ取り残されたようだな、と思う。
「あの……あのさ」
しばらく葛藤と共に唇を震わせていた颯太は、何か言うべきことが定まったかのように、あるいは決心がついたように、こちらを見据えて口を開いた。
「碧っちに……ひとつだけ、頼み事があるんだ」




