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小さな箱庭のスノーホワイトは渡り鳥に恋をする  作者: 望々おもち
第1章 帰国子女とスノーホワイト
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第16話 事情と勉強会(2)

 昼休み、碧は早く美術室に向かうべく急いで教科書を片付け、席を立った。


 さっき級友にお昼に誘われているくるみを廊下で見かけたのだが、用事があると断っていた。きっと今日もこちらに弁当を渡しに来るのだろう。


 が、教室を出ようとしたところで後ろから湊斗にがしっと肩を掴まれる。


「何? 僕とうとう首になっちゃうの?」


「経営不振の会社じゃねえよ。今日もどっか行く見たいだったし先に捕まえとかなって」


 湊斗は空いた方の手でくるくると退屈そうにシャーペンを指の上で回し、弄び始める。


「ごめんけど僕用事が」


「ははーん? これは女だな? 彼女の気配がするぞ?」


「勘弁してくれ。あと学校で小指を立てるんじゃありません」


 探偵気取りで楽しそうにおとがいを撫でる湊斗に、こめかみを押さえる。女の子とこっそり会うってところはあながち間違っていないので否定できない。


 湊斗の片手が万力のように離れないので、碧は観念して両手をあげた。


「実はさ、お裾分けっていうか差し入れもらってるんだ」


「差し入れ? 昼ごはんの? 誰から?」


 妖精姫(スノーホワイト)様からなんて言ったらひっくり返るんだろうな、それ以前に信じてもらえないだろうけど、なんて思いながら無難に回答をぼかした。


「ちょっと前に知り合った女の子から。……湊斗の思うような関係じゃないからね?」


 湊斗はにんまりと悪戯っぽく笑う。


「碧くんにもとうとう春がやってきましたかあ。あーいいですなあ青春」


「なんでそんな嬉しそうなのさ。湊斗、恋話とか好きだったっけ?」


「ドラマとかよく自分で相関図書きながらじっくり展開予想して観るタイプだ」


「頼むから僕の周りの相関図は書かないでくれよ」


 そう言って教室を出ようとして、またもや肩を掴まれる。


「じゃあ放課後は? クリスマス新作メニューの味見に付き合って欲しいんだけど」


 碧は、湊斗が働く店の常連客みたいなものだ。


 湊斗の実家は洒落たカフェを経営している。碧の家から電車で五分ほどのひっそりとした路地にあり、酒の種類が豊富なのと、目立たないのが隠れ家っぽくていいと常連さんには好評らしい。


 夕方までがカフェとしてコーヒーを提供し、夜になると湊斗のお父さんがバーテンダーとなり酒を出す。そこで湊斗は週に何日かの学校終わり、バータイムまでの間オーナーの息子として律儀に店番をしているのだ。


 もっとも、本人は家を継ぐ気はないらしく、バイト代という名の小遣いにつられて嫌々やっているらしいが。


「今日と土日は試験の見直ししないといけないから、来週ならいいよ」


「真面目だな。彼女も連れてきたら奢ってやるよ」


「人の話聞いてないの笑う。そこまで言う湊斗こそ幼なじみちゃんと仲良くやってる? 彼女が有名人だと色々と気遣いそうだよね」


 話を逸らすついでにあることないこと言ってしっかり仕返しをしておくと、しかし返ってきたのはべしっと理不尽な裏拳だった。


「いてっ何するんだよ」


「あほ。あいつはそんなんじゃねーよ」


 自分からは散々いじっておいてこの仕打ちはないだろう。


「……Ich werd()e es() nich()t zul()assen」


「おいドイツ語でも恨み言だってのはなんとなく分かんぞ! ごめんて!」


 大柄な男が居た堪れなさそうにするのがなんだか面白くて、碧はせらせらと笑った。


                *


「……あら。復習? 偉いのね」


 昼休み、碧がおもむろにデイパックから中間試験の回答用紙を取り出すと、くるみが感心するように唸った。


「普段あんまり勉強しないぶん、テストの後くらいはやっておかなくちゃなって」


「あなたそんなに成績ひどいの?」


「別にひどくはないですけど……そういうくるみさんは今回も一位でしたね」


「そうね。全教科ほとんどが満点だったわ」


 さらっととんでもないことを言うので、思わず拍手してしまいそうになる。


「すごいなあ……。何かとんでもない秘密の勉強法でもしてるんですか?」


「そんなものあるわけないでしょう。必要なのは時間と根気。全ては地道な積み重ねよ」


 まるで夏休みの最終日に宿題が終わらず泣きついてきた子供を嗜めるように、叱咤するくるみ。


 くるみはそんな碧の気も知らず差し出された答案をふむと眺めて、それから呆れたように嘆息してから忌憚なきお言葉を賜ってくる。


「英語が高得点なのはさすがだわ。けれどほかは駄目。特に日本史と国語。ほらこことか、冒頭の基礎問題なのに点数落とすのはすごく勿体ないわ。歴史の人名なんか漢字の間違いで失点しているじゃない」


 自分より実力が完全に上の相手に正論を並べられて、さしもの碧も言い返すことは出来ないしする気も起きず項垂れた。


「苦手なんですよね、その二教科」


 ドイツに住んでいた時は、家族の間では日本語を使うというルールだったので言語自体は忘れずにすんだのだが、かといって高校レベルの試験で点数を取れるほどの国語力がついているかと聞かれれば当然ノーだ。この高校の入試だって碧だけ小論文と面接のみだったし、何なら義務教育で習うはずの漢字も正直怪しいくらいである。


 現代文でも苦労しているのに、古文や漢文となればますます意味がわからない。一方で歴史のほうも、世界史はいけるが日本史は目も当てられない。今の順位と成績をなんとか維持できているのは、他の教科でいい点をとっているからに過ぎない。


 なのでこうして途方に暮れていたのだが。


「……勉強、私が教えてあげましょうか?」


 女神の差し伸べる救いの手みたいな申し出に、弾かれたように顔を上げた。


「え、いいんですか? けどなんで?」


「だって私の成績学年一位ですし」


 自慢するわけでもなくさらりと述べられた事実は、さっぱり嫌味を感じさせない。


「知り合いが留年とか嫌だもの。廊下ですれ違った時に校章が違ったりしたら、気まずくて困りそう。それにあなた、帰国子女だからこっちの試験にはあんまり慣れていないんでしょう? ここで見放すのも可哀想だし、傾向も含めて教えてあげるから」


「僕、別に留年しそうなほどぱあじゃないんですけど……」


「ここは素直にうんと言っておいた方がいいと思うのに」


「それもそっか……じゃあぜひ、お願いします」


 正直、渡りに船だった。学年一位の才媛に勉強を教えてもらえる機会など、そうそうないだろう。上手くいけば次の期末試験では上位三十位入りも叶うかもしれない。


 が、くるみはそんな碧の甘い考えを見抜いたように、まるでおっかない女教官みたいに両手を細い腰に当てがい、鞭のようにびしっと厳しい一言。


「言っておくけれど、優しくなんかしてあげないんだから。私が教えるからには、今回間違えたところを完璧に理解してもらうまで帰すつもりはないから覚悟してちょうだい」


 ……ちょっとだけ後悔し始めていた。


ちょっとずつ仲良くなる過程は書いてて楽しいです。

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