第158話 やきもちとわがまま(2)
「さて、先日みんなで話し合った意見を会議に提出しまして。結果うちのクラスは……みなさんの希望どおり『ガーデンミニパーラー』に決定しました〜!!」
「おおおー!」
そして後日。
実行委員が持ち帰ってきた企画書と、そこに押された承認の判を掲げると、ぱちぱちとまばらな拍手と共にクラスが湧いた。
そしてそれを後ろの席から遠巻きに眺める碧としてはおおよそ——それは安堵できる結果といって、差し支えなかった。
幸いなことに、先日の出し物決めは予想されていたほど荒れはしなかった。
スタンプラリーだとか迷路だとか、わりかしお行儀のいい案が飛び交い、男子たちの前振りはなんだったのかと思えるほどに呆気なく決まったのがこのガーデンミニパーラー。
要するに、校舎横の庭で開く喫茶ということだ。出た話によると、プリンアラモードやサンドウィッチを出そうということらしく、十中八九サッカーの時にはすでに画策されていたことだろう。
投票は紙に書いて箱にいれる方式だったので詳細はわからないのだが、もしかしたらくるみがうちのキッチンで——というくだりを耳にした人や、碧のために持参してくれるお弁当を見て羨ましがった人の結託があるかもしれない。
正直、くるみの振る舞う愛情たっぷりの料理は自分だけが独占できるものと思っていたのでこの決定も全く不服がない訳ではないが、そこまでわがままを言うつもりはないし、言ったら言ったできりがない。
——だからこれくらいなら余裕を持って、黙って結果を享受しよう。
と、思っていたのだ初めは。
だがそれは結果、実行委員の次の言葉でがらがら崩れ去る羽目になる。
「……じゃあクラスの出し物のほうはそちらで決まりとして、今日はパレードの出場者のほうを決めようと思いまーす」
「おおおおー!!」
先ほどのはあくまで前振りだ、と言わんばかりに俄かに熱狂しだすクラスを見て、碧は一瞬忘我した挙句——ああそう言えばそうだったと、ずるずる天井を仰いだ。
湊斗もまた若干の苦笑いをしながら、前の先から振り返る。
「楪さんは、まあ決まりだろうな」
「皆まで言わずとも」
この高校の学祭の一番の見どころは、有志やクラスごとの出し物に留まらないこと。
というのも、毎年二年生から選ばれた代表でパレードが行われるのだ。
市からは歩道の許可を、近隣からは署名をもらい、有名な物語やいろんなおとぎ話をモチーフにした華やかな格好をして、吹奏楽の演奏とともに街をそれぞれ行進する。
金曜日の午後——つまり初日の終わりに、本番たる明日の土曜日ために近隣の市民へと宣伝を行うのが名目上の目的だが、事実上はやはり人生の花たる高校生の、全力の春の謳歌が一番の見せどころ。
いちおうパレードの参加者の決定方法は生徒に委ねられている。くじ引きで完全平等に決めるクラスも過去あったようだが、恥ずかしがりやの辞退や目立ちたがりやの文句もあり、議論で決めることがほとんど。
そしてもちろん人前に立つ以上、様子がいい生徒に白羽の矢が立つのは必至。
参加するのは例年によるとクラスごとにおおよそ五名ほどだが、その人数制限を差しおいてクラスメイトたちの期待と信頼がすでにくるみに一点集中しているのは、見るまでもないことだった。
当の本人は熱線を受け、ほんのりと困り笑いをしている。
こうなるともう、余裕云々は言ってられない。
「湊斗、いちおう聞くけど双子の弟が四人くらい居なかったりしない?」
「お前は俺に何求めてんの??」
どうやら駄目らしい。
「いや言いたいことはわかるけどさ? 悪いけど学祭は有志でほかの出し物やるし。そっちで忙しいからなぁ」
「そなの? 何やるの」
「映画の撮影だよ。つばめに誘われた。俺はバンドのベーシストの役として出演。やったことはないけど夏休みから実はずっと練習してたんだ」
「へー」
「もっとびっくりしろよ」
「驚いてるよこれでも」
言葉とは裏腹にのんびりと構えた碧に、湊斗は呆れ半分、心配半分の表情。
「なんか今日いつにもまして感情どっか行ってない? 大丈夫か」
「いや……やっぱり僕って心が狭いのかなって思ってさ」
「手料理とられんのがそんな嫌か?」
「…………実は、うん」
くるみが、皆に距離をおかれた憧れの的ではなく、クラスの一員として人気を博すのは、素直に嬉しい。が、それは自分だけが知る秘密だと思っていたくるみの〈ただの女の子〉としての姿を独占できなくなるということだ。
どんなに大きく構えたところで、なんだかやっぱり寂しいし複雑で。
恥を忍んで答えると、そっかぁと湊斗は親身に頷いた。
けどその目に「やきもちかぁお前も可愛いとこあんな?」と言われている気がして、居た堪れずに言い訳を重ねる。
「だって要するにさ。客寄せの招き猫にされるってことじゃん」
「猫じゃなくてパンダな。お前で心が狭いなら、大半の人間はそれこそ猫の額の狭さになちゃうぞ」
「…………パレードの可愛い格好だって、他のやつには見せたくないし」
「気持ちはすごくよく分かるが、そうも言ってられなそうだな」
なんならそれか、と湊斗がまるで名案を思いついたように言う。
「心配なら一緒に出ちゃえばいいんじゃないか? パレード。ふたりとも、もはやうちの学校の二枚看板なんだからさ。名物みたいなもんだろ」
「他人事だからってまた勝手なことを……」
「本気だぞ俺は。あ……けどやっぱ駄目か。お前が出たら出し物のほうに外国語わかるやつが不在になるだろ。来た客がもし外国人だったらみんな困っちゃうな」
そんな些細なトラブルを想定して真剣に眉根を寄せて考えこむ気にしいな湊斗に、碧はふと気になっていたことを尋ねた。
「湊斗だってさ。僕の心配ばっかしてくるけど……つばめさんに名指しで誘われた意味は分かってるんだよね?」
「え?」
まるで突拍子もなく横から殴られた、みたいな表情をする湊斗に、碧は何とも言えない気持ちになった。
確かにふたりは一緒にいると長年の絆があると言うか、並ぶとしっくりくると思うのだが、デートの約束を取りつけられていたりつばめがあれだけがんばろうとしてるわりには進展が見当たらないので、もしかして——と。
そしてやはり、返ってきた答えは想定どおりのものだった。
「都合がよかったんだろ? 家も近いし」
湊斗、実はつばめのことただの幼なじみとしか見てない説。
つまり脈なし。何年も前からあれだけ分かりやすい好意を見せて一切なびかないとは、もうそれしか考えられない。
——なんかだんだんつばめさんが可哀想になってきた。
「幼なじみって関係に胡座かいてつかず離れずでい続けようとすると、いつか愛想尽かされるぞ」
「あーはいはい。彼女持ちだからって説教か」
「いや、わりと本気の警告だ」
「……お前がそんなこと言うって余程だな」
しかし湊斗はかるく笑ってはまともに取りあおうとはしなかったので、碧も一区切りのため息を吐いてから、丸っこい白文字の並ぶ黒板を見た。




