表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
157/272

第157話 やきもちとわがまま(1)

「碧ー。彼女とのおつき合いはどんなかんじ?」


 体育の授業でサッカーをしている、秋日和という言葉がぴったりなとある晴れの日だった。


 短く刈られた芝のグラウンドをゆるりと並走してきた同じクラスの男子が話しかけてきたのだが、そんなこと聞かれても返答に迷ってしまう。


「どうって言われても……。なに、惚気てほしいの?」


「曲解するな、砂になるだろ。そうじゃなくてこう、みんな気になってるんだよ」


「何を?」


「あれだけくるみ様にべた惚れされてるんだし、ふたりきりでどんな風に甘々してるのかなって気になってさ」


 口角を上げる男子に目を(しばた)かせたところで、ぴーっと笛が鳴って交代となるので、すいすい逃げる赤とんぼを追いかけるようにグラウンドと体育館の間にある校舎一階の吹きさらしに行く。


 汗の浮いた額に水道をかぶって火照りを冷やしつつ、すっかり秋本番の涼しい風に体温を奪わせていると、話が聞こえていたらしい男子たちがわらわら集まってきた。


「それ俺も気になる」


「みんなの高嶺の花を奪ったんだから、話す義務はあるよな」


「初めから君らのじゃないでしょ」


「現実を突きつけないでくれない!?」


 クラスメイトたちも碧とくるみの恋人らしい絡みにすっかり慣れてくれたようで、こんなちょっとした掛けあいや絡みなんかは日常風景になってさえいる。


 もちろん自分たちの何か発言や行動が効いたとかは思っていなくて、ただ皆が優しく見守ってくれるゆえだと思うし、くるみとの平穏なスクールライフを望んでいる碧からすればありがたい限りだ。


 ——ちょっとその目は生温かいというか、湿度が高い気がしないでもないけど。


「けどさ、碧も恋愛に関心ありませんーってかんじ出しといての、ちゃっかり学校で一番可愛い子を彼女に選ぶくらいにはなんだかんだ男なんだよな」


「別にそれは否定しないけど、くるみさんは僕と一緒にいるときが一番可愛いから」


「やっぱ息するように惚気るんじゃねえか」


 碧がベンチに座ると誰かが項垂れ、言い出しっぺの男子が話をもとに戻す。


「で、どうなんだよ。あんなに相思相愛でおしどり夫婦なのを見せつけといて、何もしてないことはないよな。今がちょうど蜜月期だろ?」


「恋人あるあるっていったらたとえば嫉妬だけど、やっぱくるみ様もやきもちをやいたりするのかな? あっそれかもしかして大人の階段登ってキスとかもすでに……?」


「…………」


「おい知らんぷりすんなよっ」


 ぶっちゃけ図星だが、はいと返してもいいえと返しても駄目だろう。


 知らんぷりついでに女子が占領しているフェンスの向こう——テニスコートのほうを見ると、白とペールピンクを基調としたウェアをまとったくるみが、長い亜麻色のポニーテールをしならせながら来た球を華麗に打ち返している。


 記憶が正しければ相手は大会にも選抜された現役のテニス部員だったはずだが、引けをとらない互角の戦いを展開しているどころか少しずつ押しているあたり、本当に運動まで万能なんだと敬服してしまう。


 そして、彼女がそのような真剣勝負をしている最中にこんな話をしてしまうことに、申し訳なさを覚えていた。


 恋人同士の事情を開けっ広げに話すことが正解と思えないからだ。


 もちろんそれだけじゃなく、くるみと恋人として、ゆっくりながら着実と進んできた一歩一歩を思い出すとどうしても照れが勝ってしまい、頬が熱を帯びるような気がするからなのもまた、本音だけど。


 なんて考えている間にあっちも勝負がついたらしい。あれだけ動いていたのに涼しい表情で息ひとつ乱していないくるみがこちらに気づき……ふわっと雪が解けるように美しいほほ笑みを浮かべ、控えめに小さな手を振った。


 明らかに自分に対してだったはずなのに男子が揃ってどよめくなか、ふたりの時はもっとぶんぶん大きく振ってたのに学校じゃ恥ずかしいんだな、と場違いなことを考えていると。


「俺も知りたいなー? 碧っちのその話」


 後ろから唐突な飛びいり参加。


 ベンチにぐいっと寄りかかり首を仰向けに倒すと、逆さまになった好青年が笑っていた。


 彼は何を思ったか、どこかいたずらっぽく口を開く。


「ちなみに知った情報によると、楪さんは碧っちの家のキッチンで晩ごはんをつくってあげてたみたいだよ、つき合う前からね。おしどり夫婦ってか……新婚?」


「そうなの!?」


「湊斗っちに聞いたから裏はとれてる」


「ちょ——」


 聞き捨てならなくて、もたれた上体をがばっと戻すと案の定、皆のしらーっと呆れた視線が待ち構えていた。


「えっ何? 俺ら今何させられてるのかな? 負け戦?」


「戦いにすらなってないだろ。まあ今のが聞き捨てならないのははさておき……」


「これはもっと深く話してもらわないとだな」


「いや……ちょっとみんな落ちつかない?」


「これが落ちついていられるか!」


 皆がにわかに荒ぶり始めるのもしょうがないことだが、かといって爆弾を投下した好青年くんに碧が思うことが一切ないかは、話が別だった。このいじりが彼なりの区切りのつけ方なのかもしれないが。


 颯太の気持ちは知りつつも今のところこれまでどおりの友人としての接し方をしている。申し訳ないと思うこと自体が一番申し訳なくて、彼に対して最も失礼なことなのだろうと分かっていたから。


「そーたくんさ……」


「ごめんごめん。公になったならもう隠しておく必要もないかと思って」


 なんて、清々しく笑われるとつい許してしまうのだから嫌になる。


「まあそれはおいといて要するにさ、俺らは君たち二人を見てると和むんだよ」


 今ので気が済んだのか、彼は一転して助け舟とばかりに話をまとめてくれた。


「なーんかふたりが仲睦まじくしてるの見ても、不思議と嫌にはならないんだよね。ピュアなかんじするからかなぁ。むしろ吹っ切れるっていうか、幸福のお裾分けされてる気分っていうか、ほほえましく見守っていたいっていうか。ねっ?」


 同意を求められるがまま、皆がうんうんと深く頷く。


「和むっていっても……それはくるみさん在りきだろ?」


「碧っちも一緒に箱推ししてる人も多いらしいよ」


「ハコ……?」


「ふたりまとめて応援してるってこと」


「え。そうなの?」


「たとえば白雪姫の絵本を読んだって、結ばれてよかったねって思いはするけど、俺が王子になってやるそこ退けーってはならんでしょ」


 言われてみれば確かに? と思いつつ衝撃の事実にちょっと引いていると、一人が急におどろおどろしい芝居を始めた。


「鏡よ鏡——。この世で一番美しいのは、我が校の白雪姫(スノーホワイト)……ですがっ! その白雪姫(スノーホワイト)がこの世で一番大好きな男はいったい誰?」


「なんかはじまった」


 さすがの碧も困惑していると、隣の男子が乗っかった。


「それは隣の国の、碧王子にございます」


「なるほど……それはどんな男だ?」


「話せば思ったよりいい奴ですが姫限定で天然たらしなとこがあるので要注意です」


 ひどい言われようである。


 しかも堂にいった演技なので、ありもしないローブやら杖やら鏡まで見えてきた。


「なんと! 二人は魔法使いの知らないところで、いつの間にか両思いになって、気づいた時には結ばれていたのです!」


「互いにべた惚れな様子で分かるとおり、もう今から挽回することはできないので、せめてもと交際を支持することに決めました……」


「ああ可哀想な魔法使い。彼らは『初めからチャンスなんかなかったし?』と、毒りんごを渡すこともなく開き直って心の平穏を保つのでした」


「それどっちかというと酸っぱいぶどうじゃないの?」


「めでたしめでたし……」


「なんか終わった」


 ひたすら自虐に走った寸劇に、思わず引き気味で突っこむ碧。


 颯太がからからと笑う。


「ほら。今日のホームルームで、来月の学祭の企画会議あんじゃん? その予行演習じゃないかな?」


「ああ……そういえば」


 もうそんな時期かと、朝の連絡事項といっしょに、一年前の記憶を掘り起こした。


 ——学祭。つまりは文化祭。


 それは十一月の上旬、週末に二日間にわたって行われるこの学校最大の行事だ。


 慣例では金曜と土曜の両日とも一般公開され、与えられた約一か月の期間で準備した集大成をおひろめする。自由度の高さゆえに近隣の高校よりも予算も多く、力をいれる傾向にあり、二日目が終わった後の表彰式での人気投票一位や売り上げナンバーワン——選ばれたからって何がある訳でもないが——を勝ち取るのを目標にしている人たちもちらほらいる。


 ドイツの学校にはそういう行事はないから、ルカは日本に来るならその時期がいいって言っていたっけ。


 と、ここまで考えたところで、重要なはずの〈去年は何をしたか〉の記憶はあまり残っていないことに気づいて小さく笑った。きっと今のように話せる人が少なかったこともあり、どこか一歩退いたところから眺めるに留めていたからだと思う。


 ともかく皆がやたらみなぎっているのは、人気争いが熾烈になる学祭にて妖精姫(スノーホワイト)と同じクラスになれているから、そしてあわよくばいいところを見せたいし見たいからということが判明したので、その彼氏である碧はどうも複雑な気持ちで尋ねるしかない。


「……ってことは、今年は演劇するってこと?」


 僕あんまり演技には自信ないんだけど、と続けると、含みのある語調で誰かが言う。


「さてどうなっかなー。だって今年は()()があるからなー」


「そうそう。だから俺は投票するなら()()()()かなぁ。()()話も聞いちゃったしさ」


「何……なんの話?」


 にこにこと、指示語だらけでどこか要領を得ない返しに首を捻るしかない碧。


 しかし皆はそれだけで通じあっているらしく、互いに目配せしあいながら妙にご機嫌ににんまりとしている。よく分からないがとりあえず今年の企画会議は荒れることが確定しそうだから、くるみが着せ替え人形にならないような……皆が平等に出し物になるといいな、と思う。


「そんで結局どこまでって話はどうなの? 真実は神のみぞ知るってやつ?」


「その理論だと僕が神になるね」


お待たせしました。

今回から第4章の後半と、文化祭編にはいっていきます!

ふたりの行く末を見守って頂けると嬉しいです☺️

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ