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小さな箱庭のスノーホワイトは渡り鳥に恋をする  作者: 望々おもち
第3章 シュガーリリィの恋
130/272

第130話 君と僕のしるし(1)


〈ねえ〉


〈?〉


〈テストの順位でごほうびくれるって言ってた話ってまだ有効?〉


〈わ やっと決まった? 何してほしい? 何でも好きに言ってみていいからね〉


〈うん……ちょっと聞いてほしい話があるんだけど木曜の午後って空いてる?〉


〈碧くんがそれでいいのなら私は大丈夫

 フライトはその日の夜でしょう? なら午後にお家にいけばいい?〉


〈うん 十三時にそっちに迎えに行くよ〉


〈ばたばたするだろうし大丈夫!

 お昼に兄が実家に帰ってくるけど、私もなるべく早く行けるようにするね〉


〈僕も友達にバスケに誘われてる 連絡は見れるようにしておく〉


〈! じゃあ遠くからふれーふれーってしておくね〉


 愛しいやりとりが降り積もったスマホを鞄に押し込んでから、碧はざあっと吹く風と共に、悠然と後ろを振り返った。


 すこんと抜けるような高い夏空の下、焼けたコートでだむだむとボールを突いているのは颯太だ。ドリブルしているボールは中学時代にバスケ部のエースだったらしい湊斗の私物で、身長差のハンデを原因に、対決の審判を颯太によって任された彼は白木のベンチで悠々とこちらを見ている。まるで監督のような貫禄だった。


 ふたりにはこのあと人と会う予定があるとは伝えてある。


 湊斗は言わずとも分かるだろうし、颯太も夏休みまえの中庭での事件はばっちり目撃しているから、何となく相手の察しはついているのだろう。


 ゆるゆると何度かフリースロー対決をして、跳んだり走り回ったりしてほどよく体力を使ったところで。


「……で、碧っち。うちの夏貴がクラスの打ち上げで世話になったそうじゃん?」


「なにその今から落とし前つけさせられそうな台詞」


「つけさせられるんだよ今から。目の周りに墨でバツを」


「違う競技と間違えてない?」


 ベンチからぶはっと吹き出す声が聞こえた。


 颯太が距離を測るようにそっとボールを投げると、リングにがいんと当たって跳ね返った。碧がそれをキャッチする。ストリートのは学校の体育館のそれよりゴールが低いため、その辺の目測の調整をしていたのだろう。


 夏の匂いのする風がさぁっと吹き、木の葉がかさかさとざわめいた。太陽にふれた肌がじりじりと焦げていくようだ。


「で、言いたいのはそういうんじゃなくて。もう夏休みも折り返しだし、彼女とかみんな出来たのかなーって。そういう確認?」


「いないから解散で」


「同じく」


 揃って帰宅のそぶりを見せる二人を颯太は慌てて止める。


「いや早いって!! つか碧っちはやっぱあれ告白じゃないってことなんだよな?」


 あれ、とはもちろん学校の中庭でのあの事件のことだろう。


 事情聴取の場には現れなかったのでメッセージで説明はしておいたのだが、やはりきちんと言葉で聞きたかったらしい。


「僕にそこまでの蛮勇があるとお思いか」


「いやさー実は先月くらいかな。碧っちが女の人と歩いてるの見かけたんだけど」


「女の人……?」


「ほたるちゃんのことじゃん? 連行されてったんだよな、この間」


 一瞬くるみと歩いているのを見られたのかと身構えたところで、湊斗がナイスなフォローを入れてくれた。そう言えばあの日は誰かに見られてる気配がしたっけ。


「そうそう。だいぶ前だけど学校の校門のところで待ってた年上っぽい人だよね。綺麗だったから覚えてる。その人と一緒に駅にいたでしょ?」


「なんだ、見かけたんなら声かけてくれればよかったのに」


「あの状況で碧っち〜なんて寄ってったら俺すげー空気読めないじゃん! どうみてもデートってかんじだったしー。そっちが本命の彼女なんでしょ?」


「なわけ。あれ従姉弟だからそういうんじゃない。べたべたくっついてくる奴なの」


 鎌をかけるようななんとも脚本くさい台詞に訝しんだが、シュートを決めながらとりあえず正直に答える。


 少しリングに掠ったがきちんと入ってくれた。我ながら悪くない出来だ。


「……そっか。じゃあやっぱ本命はその後……いや、何でもないよ」


 何かを言いかけてやめた彼に、碧は逆に尋ねる。


「そっちこそデートとかしないの? 彼女とかは?」


 湊斗が面白がるように口を挟んだ。


「颯太って一年の時に四人に告られたらしいぞ」


「やば。まじか」


「俺、姉貴が三人いるからな。女心の理解ぐらいお茶の子さいさいよ」


 座ってた湊斗が、さっと立ち上がって手招きした。


「よし颯太ボール寄こせ」


「うん? おう」


「俺が今からシュート成功したら告白する!! 碧が好きな人に!!」


「なんで僕なんだよ。それ本人がやらなきゃ意味ないやつだろ」


 遠くのベンチから投げるポーズにはいった湊斗。さすがにそこからじゃ無理だと思うが、碧は慌ててボールをはたき落として奪う。


「じゃあ僕が今からスリーポイント決めたら颯太が彼女を連れてくる」


「なにその巻き込み!?」


 彼はくつくつ笑った。


「……彼女なあ。こないだ友達の前で告白されて断れなくて、ちょっとお試しでつき合ったくらいだよ。今はいない」


「遊びまくるタイプなのか、颯太って」


「確かに一緒にいる女の子毎月替わってたよな」


「いや言い方。あっちから寄ってくるだけだし今はそういうのもうやめてるし。けど……好きな人なら俺にもいるかな」


 こちらの投げた、やや狙いの外れたパスを受け取ってからつけ足す颯太。


 それは何というか、意外だった。押し並べて誰にでも平等なこの男に、特別に想う相手などいるイメージがなかったから。


「なんか颯太が片想いって想像つかないな」


「正確には好きだった人、だけどね」


「その話詳しく」


 飛びつく湊斗に、別になにも面白い話じゃないよ、と颯太は笑って続けた。


「そうだなぁ。誰かひとりを愛する一途な姿を見て惚れた……ってとこかな」


 同時に飛ばしたボールが今度は綺麗な弧を描き、まっすぐすとんとゴールを通った。


 ベンチの方に転がったので、湊斗がそれを拾って持ってくる。どうやら見てるだけじゃ、やはり退屈らしい。


「……それは、分からなくもないな」


「そう。始まる間もなく終わった恋ってやつ」


 下手に女心分かるのも考えものだよね、と颯太はうっすら笑う。


「わざわざ本人に気持ちを聞くまでもなく、これはもう勝ち目はないし敵わないなって確信しちゃったんだから」


「颯太でも敵わない相手ってどんな奴だよ」


「一言で言えばいい奴だよ、すごく。人と仲よくなるのは得意なのに、大事な一線を踏み越えていいかどうかの判断は誰よりも上手い、すごく優しいやつ」


「ああ……」


 心做しかワントーン下がった声で、湊斗が相槌を打つ。


 彼から雑にパスされるボールを受け取ってから、碧は静かに問いかけた。


「それって僕が聞いていい話なの?」


「公共の場で叫んでいいくらいしょうもない話だよ」


「どうして今、この話を?」


「さっき言ったじゃん。夏休み前にみんなが彼女出来たかって世間話……なんて言ってもさすがに嘘くさいって分かるか。ただ、もしかしたら碧っちは俺の好きな相手に気づいてたかもしれないから、その後ちゃんと終わったってことを報告したかっただけだよ」


「……そっか」


 取り敢えずそういうことにしておき、もどかしさをぶつけるようにドリブルをする。


「で、そのまま諦めちゃったのか?」


 深掘りするのは湊斗だ。


「俺はその子が、その人だけに一途に想いを寄せるところを好きになった。だから、ないとは思うけど、奇跡か魔法かなんかで万一俺に振り向いても、自分の解釈じゃ、それはもう俺の好きになったその子じゃないんだよな。……ややこしいけど、伝わってる?」


「伝わってる」


 湊斗は返事をしたが、碧には出来なかった。


「あんな、誰がどう見ても恋する乙女な表情見せてくれるとか、反則じゃん。言い方悪いけどその時初めて、彼女もよくいる一人の女の子なんだなって知ったんだ。まあそれは俺が引き出したんじゃないけどさ」


 まさかなという信じたくない思いと、やっぱりかという甘受の思いが同時に訪れる。


「だから、俺はその二人の組み合わせを推してんの。好きな人に幸せになってほしいと思う幸せだってあるだろうしさ」


 限りなく清々しい笑みに、ボールが力なく手から零れ落ちた。


「……あのさ」


「言っておくけどもうとっくに気持ちには線を引いてるからな? 今さら何かを期待するとかありえないし、その余地もないことは分かってる。ましてや嫉妬なんかもっとないな。今は早く祝福したい気持ちでいっぱいだよ俺は」


 言いかけたところでさえぎられる。


「ほら、もう時間じゃん。大事な人と会う約束でしょ? 行ってきなよ。そんで戻ってくんなよ」


「最後の方に私情が入ってない?」


「そーじゃなくて! 俺が言いたいのは! お前は男だろってこと!!」


 転がってくるボールを拾い上げ、こつんとぶつけてくる颯太に、思わずきょとんとした。


「男なら俺のことなんか構わず大事な話のひとつやふたつはっきりつけてこい! そしたら夏休み明けに盛大に祝ってあげるからさ」


 ……。

 よく分からないけれど、つまるところ。


「なんか盛大にすれ違ってない?」


「えっ? だって、男らしく告白しなおすんじゃないの? 今から」


「いつ誰がそんなこと言った」


「ええ……じゃあ俺が今話したの恥のかき損だってこと!?」


 まあ大事な話をするという点でも、隠し事を告白するという意味では間違っていないけど。およそ珍しく緊張している碧の様子を見て、勝手にそう早とちりしたのだろう。


 ごちゃごちゃ考えてることがばからしくなって、思い切り笑った。


「いやいや! 大事な話ってふつーそれしかなくない!?」


「どうせ誰かに吹き込まれたんだろ。湊斗の差金かー?」


「俺じゃないっての! 碧がうぶでおくてで慎重派なのは周知の事実だしさ」


「うぶでおくては余計だってば」


 ちゃっかり男としての株を下げてきた湊斗に文句を言うと「誉めてるつもりだしそこが碧のいいとこなんじゃないか? 誰にとってとは言わないけどな」と曖昧にぼかした返答があった。


 湊斗の肩を肘で小突いていると、颯太が咳払いをしてやけくそ気味に言う。


「ま、まあともかくね。いざという時に余計なこと考えてるようなことがあれば、その時は俺が全力ではっ倒すかんなー」


「ほらあんま待たせるとお姫様に嫌われんぞ」


「分かったってば、湊斗は本当にはっ倒そうとしてくるな。あとそれくらいで嫌うような狭量な人じゃないから」


「惚気てんなバカ! 早よいけ!」


 背中を蹴飛ばすような颯太の声を後ろに聞きながら、フェンスの外に出ていく。


 碧がいなくなった後のバスケコートで、ふたりはベンチに腰を落とした。


「で、颯太は本当にあれでいいの?」


「いいんだよ。俺は白雪姫の王子様じゃないんだからさ」


「小人のポスト空いてるからくるか? 第一号の俺がのんびり見守り始めてもう半年だ」


「あははっ……その巨体でそれはないだろ」


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