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小さな箱庭のスノーホワイトは渡り鳥に恋をする  作者: 望々おもち
第3章 シュガーリリィの恋
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第114話 そして夏が来る(1)


 そうしてくるみによる勉強指導と、碧のがんばりを注ぎ込んだテスト本番が訪れ、何事もなく全日程が終了した。


 採点と返却ののち。夏休みがもうすぐという頃に、掲示板に順位が発表される。


 まるで大学の合格発表の予行演習みたいな気持ちで見に行ったのだが——



「学年五位おめでとう、碧くん」



 ひと足先にチェックに来ていたらしいくるみに出迎えられ、碧は名前を探す前に今回の努力の結果を知ることになったのだった。


「えっと……ありがとう?」


「ふふ、そんなに畏まらなくても。誇らしい功績を残したのですから、もっと堂々としていいと思う」


 まわりの注目もお構いなしに、あまりにナチュラルに距離を詰めてきたので、こちらも思わずいつもの感覚で返事をしてしまった。


 妖精姫(スノーホワイト)の鎧をまとった表情とはいえ、学校で……しかも名前呼びで白昼堂々と話しかけてきたのは、順位を踏まえてのことだろう。


 その面差しはどこか、こうなることを前から予知していたように穏やかで、自分のことのように喜びに溢れている。


 それを見て、ああ、とすぐに察した。


 ——言ってなくてもとっくの昔に分かってたのか。


 碧がこの二ヶ月、大学受験よりもずっと熱を込めて勉強してきたのは、くるみと対等になるため、今日この日のためだったということを。


 それが叶った今、この事実がこうして誰かの目を気にすることなく会話するための口実かつお守りのひとつとなったことを。


 彼女のためではなくあくまで自分のため、というスタンスではありそれは本心でもあったのだが、その結果として行きつくところはくるみにはお見通しだったようだ。


 予想外だったのは、彼女がこちらより一足先に踏み込んできたことで。


「すごいねー碧! 今回すごく気合いいれてたもんね?」


「まあ、大学のこと考えたらこれくらいは」


「いや真面目ちゃんか!」


 一緒に来ていたつばめも惜しみなく賞賛を注いでくる始末である。


 今まで一度も名前を見せなかったダークホースの番狂せ、そしてその思わぬ伏兵に今回も首席を独走した高嶺の花の才媛が親しげに話しかけているということで、二つの意味で生徒たちはざわついていた。


「そっちも一位すごいじゃん。おめでとう」


「私はいつもの事なので」


 涼しく答えたくるみはそれから、どこか夢見るような表情で、スマホに何かを打ち込む。


〈……本当は学校のじゃなくて誰かの一番になれさえすればそれでいいんだけど〉


 こちらに届いた妙な含みのある文にどきっとして、十秒ほど長考する。


 もしかして僕のことだったりするの、と打ち込んで、やっぱり削除した。


 ところで、とくるみは言う。


「秋矢くんは何にするか、ちゃんと考えてきましたか?」


「いや、まだかな。なんか権利行使するの勿体なくて」


「期限はないから焦らずゆっくり考えていいと思います」


 主語が抜けているが、何を叶えてほしいか……という話だろう。


 ぶっちゃけると勉強に必死で何も考えられていなかった。何にすべきかと考え込み、十秒ほどしてスマホが震えるので意気揚々と開くと、


〈後ろ見ろ〉


 粗暴な通知の送り主は、もちろんくるみではなかった。


 どっかで見たような白いポメのアイコン。名前は『夏貴』となっている。


 怪訝に思い振り向くと、そこには何と——廊下の影からこちらをすごい形相で睥睨する夏貴がいた。


「連絡先やっと追加してくれたんだ?」


「うるせえ」


 掲示板を離れてにやにやしながら上半身を傾けると、碧の渡した連絡先のメモ帳で折ったらしい紙飛行機の先っぽで肩をげしげし突いてきた。


「……『スピード』」


「? 読書?」


「しりとりじゃねえよ!! 好きな映画の話だっつの!」


 ああ、と思い出す。湊斗のカフェでそんな話をして別れたっけ。


「夏貴はアクション派か。僕はスティーブン・キング原作の映画が好きかな。『グリーン・マイル』とか見たことある? 名作だよ」


「聞いたことあるけど見たことはねえ。……その作品、犬がひどい目にあったりはしないよな? 俺そういうの駄目なんだけど」


「ああ、大丈夫だと思う。犬は」


「……Netflix(ネトフリ)にあるなら今度観るわ」


「うん」


 なんだこいつ可愛いかよ。


 だが、今さら答えに来るとは一体どういう風の吹き回しだろうか。


 話が途切れ、学校の喧騒が遠ざかり、静けさが鳴ったところで、空白を埋めるように夏貴がぽつりと言った。


「……お前、言いたいことがあるなら言えって前に言ったよな。してやるよ、話」


「そりゃ嬉しいけどなんでこのタイミング?」


 夏貴がふんと鼻を鳴らす。


「今が潮時だと思っただけだ。お前やっと学校での自分の立場を本気でなんとかする気になっただろ。何のため、なんてのは聞くまでもなさそうだけどな」


「やっぱ分かる?」


 碧が小さく笑うと、夏貴はスマホを弄ってMAP情報を送ってくる。


「だから話は学校(ここ)じゃ出来ない。その駅の近くにゲーセンがあるから、そこの前に明日の十五時集合」


「いいけどなんでゲーセンなんだ」


「俺のバイト先なんだよ、悪いか。いいかお前! 逃げも隠れもするなよ!」


「前回逃げたのそっちじゃん」


「うるせー!!!」


                *

 

 ——で、僕はこんなとこで何してんだろうな。


「はぁっ……くそっ勝てねえ! なんで当たらねえんだ!」


 大人の集う真夜中のバーのようにムードのあるフロアで、くぴりとコーラの缶を傾けながら、碧は困惑半分で目の前の男をちらりと見た。


 そこには、息を切らしながらぎりぎりとダーツボードを睨む夏貴。


 しゃーっと毛を逆立ててそうな彼は、心底悔しそうな表情だ。拳に握られたバレルがぽっきり折れてしまいそうである。


「何でお前は二連続でど真ん中(ダブルブル)命中するのに、俺は端っこばっかなんだ」


「夏貴は肩に力入りすぎ。もっと優しく肘を支点に手首を返すの」


「お前のアドバイスなんか聞くかっ!! お前も俺に塩を送るな!!」


「ええ……」


 ていやっと下手くそな軌道線で矢を放つ彼に、碧は小さく嘆息する。


 一言で表すなら、これはただの遊びではなく歴とした勝負だ。


 アーケードゲームに太鼓に卓球にビリヤードにと、夏貴のバイト先を散々遊び倒し——否、仁義なき戦いとやらでぶつかりあい、今はダーツで争いの風が吹き荒れていた。


 こうなった経緯を語るには、少しばかり時を遡らねばならない。


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