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小さな箱庭のスノーホワイトは渡り鳥に恋をする  作者: 望々おもち
第3章 シュガーリリィの恋
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第112話 雨宿りとお泊まり(2)

 十分後、碧とくるみはちょーんとリビングに正座をしていた。


 全て正直に事情は話し、理解してはもらえたのだが……猛烈に恥ずかしい。


 家に女の子を連れ込んだと言う事実に代わりはないし、どんなにありのままの事実を言っても、親にとっては花盛りの十代の可愛らしい言い訳にしか聞こえないだろう。


「あの……お母様。この度は申し訳ありませんでした」


 普段はしゃんと伸ばしている背中を丸めながら、くるみが消えそうな声を洩らす。


 寝こけてしまった以上、責任は全部自分にあるとでも思っているのだろう。だが最後に泊める判断をしたのはこちらなので、あまりしょげられても逆にこっちが悪い気分になる。


 対する母は動じず、持ち前の大和撫子然としたおっとりさを発揮して、にこにことたんぽぽみたいな笑みを浮かべながら手を振った。


「いいのよ、思い違いは晴れたんだから。うふふふ」


「本当に分かってるんでしょうね」


 このにこやかな表情の裏で何を考えているのか分からないから怖いのだ。


「あらいやだ、分かってるわよ? 二人はおつき合いをしてるのよね?」


「理解度全くもって駄目じゃん……」


「嘘うそ、冗談よ冗談。碧にこんな子勿体ないくらいだから。……それにしても本当に可愛いお嬢さんね。一目見た時、等身大のアンティークドールか何かかと思ったもの。喋った時は腰を抜かすかと思ったんだから。まさか生きてるだなんてびっくり」


「だとしたらそれをベッドに寝かせる僕がやばい奴じゃん」


「碧がかわってるのは昔からでしょ? お母さんとしてはこんな可愛い子が碧の知り合いにいる方が信じ難いけど……本当どうやって捕まえたのか」


 そう言ってまじまじとくるみの観察を始めるので、彼女も気まずくて視線を逸らす。


 確かにくるみは、喋らせると多少つんけんしたところはあるが、見た目なら比類なきと言ってもいいほどの美しい少女だ。お人形さんみたいというありきたりな誉め言葉がそっくりそのまま当てはまるので、母が見間違えたのも分からなくはない。


 ——問題は、母親到来と共にくるみが混乱の果てに本当に人形の振りをして、なんとかやりすごそうとしたことだろう。


 寝起き早々の事件なのもあり、事なかれ主義に走る気持ちは分からなくはないが、生きた人間なんだからいくらなんでも無理があるというもの。


 おかげで母親も余計にびっくりし、こうして今に至るという訳だ。


 今さら後の祭りだが……彼女のことはきちんとしたかたちで両親に紹介したかった。


「それで、くるみちゃんだっけ? お名前まで可愛いのね。息子といつも仲良くしていただいてありがとう。それに夜ごはんまでお世話になってるなんて……お礼してもし切れないくらいだわ」


「いえ、とんでもないです。こちらこそ碧くんには毎日すごくお世話になっていますので」


 まだ混乱交じりながら、育ちよく挨拶を返すくるみを見て、母が横目でこちらをちらっと見た。こんないい子を連れ込んだの? という非難と問責の眼差しだ。


「ところで母さんは何しにきたのさ」


「あらまあ、自分で頼んでおいて忘れたの? 英文同意書を渡しにきたのよ。本当は昨日の夜届けに行こうと思ったけど、大雨で電車止まっちゃってたから」


「ああ……同意書ね。ありがと。郵送でよかったのに」


「こういう時でもないと碧の様子見に来れないでしょ? それにせっかく東京にいるのに、また会えなくなる日を思うと——」


「母さん」


 くるみの前で余計な、かつ重大なことを喋ってしまう前に、肩を引いて止めさせた。


 たった一動作だけで察してくれたのは、離れて暮らすことが多かったとはいえやはり親だからだろう。話が分からず不思議そうにこちらをうかがうくるみに、母親はすぐさま切り替えて違う話題を振った。


「私、仕事柄こうして偶にしか帰って来れないから、代わりにくるみちゃんが今後も支えてくれると助かるわ。よかったら連絡先を教えてくれるかしら?」


「え、あ、はい……?」


 押されるがまま、くるみのスマホに表示させたQRコードを母が読み込んでいる光景を眺め、はぁっと安堵の息を吐く。


 危うく嘘が、他人伝いという最悪なばれ方をするところだった。


「そうそう! 碧にいい話があるの。まだどうなるか分からないから今は話せないけど、もう少ししたら連絡するわね」


 母親の呼びかけに思案を中断され、碧は肩を震わせた。


「何、いい話?」


「いろいろね、話が進んでいるの。まあ悪い話じゃないから、楽しみにしていなさい」


「逆に怖いって言ったら?」


「……なんかこの紙って破いたらいい音しそうねえ」


「それが怖いんだよ」


 母は日本庭園でお琴でも弾いてそうな見た目のくせに、中身は行動力の権化(おばけ)そのものだから、何やら嫌な予感がする。


 かくいう碧も彼女の血を色濃く引いたからこそ、高校生にして行ったことのない国にひとりで渡航なんてことを考えられているのだけれど。


「じゃあ私はそろそろ仕事だしお暇するわ。くるみちゃん、この子はまだ日本に友達少ないしマイペースで我が道を行くところはあるけど、誠実で優しい子だからぜひよろしくね」


「碧くんのいいところは、私も沢山存じています。こちらこそ末永く……という言い方は恥ずかしいですけど、今後とも仲良くさせてください」


「まあ嬉しい。連絡先教えてもらったし、碧の様子ときどき教えてね」


「はい、もちろんです」


 同級生の女の子に頼むこととしては些かばかり間違っている気がするがどうだろう?


 碧はなるようになれと念じながら通学の準備を進めた。


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