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小さな箱庭のスノーホワイトは渡り鳥に恋をする  作者: 望々おもち
第3章 シュガーリリィの恋
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第106話 スノーホワイト様の決意(2)


「女の子が待ってた!?」


 放課後に招かれて行ったスタジオの控え室で事の経緯を話すと、このあと撮影ということで綺麗にメイクを施した彼女は、声を荒げた。


「何で? なにか用事があったって事だよね?」


「……碧くんがその子の旅行中に文鳥を預かってて、受け取りに来たみたいだった」


「預かるってそれって……」


 やはりつばめもくるみと同じ結論に行き着いてしまったようで、それ以上は紡ぐ事なく黙りこくってしまう。


 信頼している人にしか大切な家族を預けたりはしない。要するに少なからず仲のある関係なのだろう。そんな人がいるなんて、知らなかった。互いの交友関係まで全て掴む訳ないのだから当たり前なんだけれど。


「……私が本人に聞いてみようか?」


「ううん、それは大丈夫」


 お礼を言って首をゆるりと振るので、せいいっぱいだった。自分にとって悪夢みたいな回答だった時のことを考えると、たとえ親友にもそんなことを頼むことは出来ない。


 それに、碧の交友に首を突っ込んで波風立てるようなこと自体したくなかった。


 しゅんと瞳を伏せていると、つばめはおろおろとした後ばっと立ち上がる。


「ちょっと温かいお茶でも淹れてくるね。可愛くなれるローズヒップティー! 私も撮影前にお世話になってるの。くるみんはそこでゆっくりしてて!」


 つばめが給湯室に行くのを見送りながら、くるみは心ここに在らずで考えた。


 海外に告白の文化はないって、本人が言っていたことを。


 ——なら、碧くんが今私にどんな感情を抱いているのか、確かめる術はないんじゃないのかな……。


 多分少なからず好いてもらえてるとは思うけれど、それがただの友達なのか密契の相手なのか、果たしてそれ以上なのか。


 もう、気づいている。やっぱり何度考えても、今の二人の距離を測る心の六分儀を自分は持っていないことに。彼とあの人の距離も、また。


 あの綺麗なひとが碧の特別な人だったら……考えすぎかもしれないけど、何度考えてもその想像に至ってしまう。


 ——駄目だめ。私が碧くんにとってどんな存在でも構わないって、思ったはずなのに。


 ソファでクッションを抱きしめながら少し待つと、つばめはルビーのように真っ赤な熱いお茶のなみなみ入ったケトルを、カップと一緒に運んできた。


 ふーふーと丹念に冷ましてから口に含むと、目の覚めるような酸っぱさと優しい温かさが喉の下まで落ちて来て、少しいつもの自分を取り戻せそうな気がした。ほぅ……と熱い息を吐くと、隣のつばめも爛々とした輝きの戻った眼差しを向けてくる。


「ね。デートの話聞かせてよ! 写真とかないの?」


「基本はインスタントカメラで撮ってたから。あ、でも一枚だけカメラロールにも」


「どれどれ? へえ〜カフェ行ったんだ、いいね♡ ……って待って、なんでスマホの設定が外国語になってるの!?」


 つばめにスマホ画面を見せると、全く関係がないところに注目された。


 指摘の通り、日時やら編集ボタンの表記——というよりシステムの全部がドイツ語になっているが、これはくるみが意図して設定したものだ。


「これは……ちょっと私もドイツ語勉強してみようかなって思って」


「え、すごいな!? さすがMs.パーフェクト。くるみんがやる気出すと本気度が違う」


「だって好きな人の好きなもの……というか日常だから、私も好きでいたいなって。浅はかかもしれないけど……」


 気恥ずかしくて、はにかみながらクッションをぎゅっと抱きしめると、つばめがなぜか瞳をうるうるさせながら手をばっと取ってきた。


「前から思ってたけどさ、くるみんって本当に可愛いよね」


「え? ありがとう……?」


「そういう一途なとこもだけどさ。女の私がどきっとするくらい綺麗だし。髪の毛さらっさらだし真っ白な柔もち肌だし。普段どんなケアしてるのか教えてよ!」


 多分、気を遣ってくれているのだろう。


 親友の優しさに甘えて、素直に答えた。


「つばめちゃんが普段してるのと似たようなものじゃないかな。スキンケアはその日のお肌のコンディションに合った成分のを選んだり。つばめちゃんにも今度のお泊まりの時貸す?」


「えっいいの!? ていうかまたお泊まり考えてくれてるのが嬉しい!」


「もちろん。あっけどお母さんがいない時にね?」


 この場では言い切れないほど、本当はもっといろいろと手をかけている。


 お肌の潤いだけじゃなく空間の湿度にまで気を配っているし、日焼け止めは当たり前のように季節を問わず一年中使っているし、もちろん運動と睡眠の時間もしっかり確保。


 色白はもともとの遺伝もあるが、それでも十六年生きて染みひとつないのは、こんな地道な積み重ねがあるからだったりする。


 物心ついた頃から当たり前に重ねてきた努力だけど、最近は少し意味合いがかわってきていた。


「けどすごいなあ。この間もお風呂上がりにばっちりケアしてたもんね。私もそれくらい出来たら理想なんだけれど、なかなか手が回らなくて」


「私の場合は、自分に誇れる自分で在りたくてしてるだけだから。今はただ好きな人に、少しでも可愛いって思ってほしいっていう、本当にただそれだけ」


 そう。最近、毎日のスキンケアタイムはいつも碧のことを考えてしまう。


 彼が髪を撫でてきた時のことを思い出しながら丹念にドライヤーをかけて。


 頬をぷにぷにしてきた時のことを思い出しながら、クリームを塗り込んで。


 またさわってくれることを、淡く期待しながら。


「結局自分のためなのは同じだけど、ちょっとでも綺麗になって、碧くんに誉めてもらえたらすごく嬉しいから……ひゃあっ」


「もう、くるみん可愛(かわ)〜!」


 最後に小さく悲鳴をあげたのは、つばめが抱きついてきたからだ。


 ぎゅっと腕を回してひとしきり愛でた後、つばめが言う。


「勉強もお洒落も好きな人のためにそれだけがんばってるんだもん! 誰がなんと言おうとくるみんは世界一可愛いし、いつも通り堂々としてていいと思うよー私は」


「……うん! ありがとう。それと可愛いのはつばめちゃんだから!」


「え! 嬉しいやめて照れちゃう!! えへへへ」


 碧が最近勉強がんばってるのもくるみんのためじゃないかな、とつばめは続ける。


「私はつばめって名前だけど、本当の意味で渡り鳥してるのは碧なんだよね。いろんな言葉を覚えてたくさんの人と話して、広い世界を知る人が、一人の女の子と仲良くなる為に一緒にいるんだよ? それってくるみんのことが大切だからだと思う」


「大切……」


「私さ、くるみんと碧が一緒にいるの見てるとスノードーム眺めてる時みたいにほっこりするというか、ずっと見守っていたくなるんだよね。何でかって言うとさ」


 つばめは続ける。



「——碧ってくるみんにだけ、すっごーく、甘くて優しいんだよ!」



 ふわっと心に一陣のあたたかな春風が、とおり抜けたような気がした。


 碧から信頼してもらっているし大事に扱ってもらっているのは、自覚している。けれど自分だけが唯一みたいなその言葉は、俄かには信じ難くて。


 それでも、じんわりと……目許が熱くなる。


 ことが起きたのは、そのときだった。


 彼女のスマホが鳴るとつばめはぱっと立ち上がる。


「もう撮影の時間? なら私はそろそろお暇……」


「くるみんはそこで待ってて!」


 つばめが手で制して控え室を出ていく。すぐに戻ってきたふたりの影を見て、くるみはまたも目を丸くした。だってその人は——


「え……碧くん!」


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