使えるのは己の声のみ
先にお風呂に入った若菜は、湯船に浸かりながら考えていた。もう終わったことなのだが、こうして一人になると、どうしても考えてしまう。
(紗里ちゃん、本当にどうしたんだろ……。まあなにも無いって言ってたんだけど、でも、泣いてたし……。また、私のせいなのかな。紗里ちゃんは違うって言うだろうけど……。うーん、夏泊まった時にはそんなことなかったのに)
一度、夏休みに若菜は勉強のため紗里の家に泊まったことがある。あの時は人の家に泊まるのが初めてだったことと、紗里のことでその他の細部ことはあまり覚えていない。
しかしこうして落ち着いて、冷静に、リラックスしている状態が続くと、あの時のことを少しだけ思い出すことができる。
(あれ……? 紗里ちゃんの手料理食べれるの――って夏も言ってなかった? あーもう! 色々と忘れてるー! てかまだ二回目なのになんでこんなに紗里ちゃんの家にいるの慣れてるの⁉)
泊まりはしなくても、基本的に人の家にいけばガチガチに緊張する若菜だが、もう紗里の家だけは慣れたものだった。これが紗里の実家になれば話は別だろうが。
(あれか、紗里ちゃんしかいないからか。うん、きっとそう。ここで紗里ちゃんの親がいれば多分私の命はただでは済まなかった。紗里ちゃんと二人きり、なんか良いね! 落ち着く。あと、紗里ちゃんを一人にしなくていいから安心する)
夏の、あの日の夜を思い出す。
(紗里ちゃんには一人で悩まずに、私にも相談してほしいって言ったけど……それで、私に相談したくないってことは、私に関してのことだからで。だってさっき私には嫌われたくないって言ってたし。………………私いても大丈夫なの?)
これ以上浸かっていると余計なことを考えそうだ。これ以上考えないように、さっさとお風呂を出ようと立ち上がる。そし気づいた。
「着替えカバンの中だ‼」
お風呂に入る時に着替えをリュックの中に入れっぱなしにしていた。別に紗里しかいないのだからタオルを巻いて取りに行けばいいのだが、そんな家みたいな行動を人様の家でする訳にはいかないと自分の行動に待ったをかける。
この状況でどうすればいいのか。スマホもなぜか向こうに置いてきてしまったし――。
「紗里ちゃーーん‼ 着替えがー!」
どうするもこうするも、今使えるのは己の声のみだ。
他の部屋に迷惑にならないだろうかと、一瞬心配したが、ちゃんと防音されているらしく問題無いということ。
「きっ、着替え⁉ まさか持ってきていないの?」
浴室前で待機していたのかと勘ぐってしまう程の速さで聞こえた紗里の声。
「持って来てるんだけどね、カバンに入れたままなんだよ。ごめんだけど取ってきてくれたら嬉しい」
「分かったわ」
(紗里ちゃん、声が裏返るぐらい驚かなくても……。でもうん、申し訳ないな)




