本心は一つではない
お湯を注いで紅茶ができる数分間はとんでもなく長く感じられ、その間ずっと無言。なかなかの地獄だった。
ようやく紅茶ができて、テーブルに運んで二人で向かい合う。
ズズっと熱い紅茶を口に入れる。それでも二人は口を開かない。
「………………………………ごめんなさい」
やがて、紗里の方から口を開く。
「いや、別に……。あの……どうしたの?」
ことの発端は紗里がテーブルに頭を打ち付けたことだ。それが色々進み、今はなぜ紗里がいきなり泣き出したのかに問題は変わっている。
誤魔化すか誤魔化さないか、紗里は重大な決断を迫られる。
「言えなかったらいいんだけどさ、なんか、今日の紗里ちゃんなんかアレだったから……」
「アレ……?」
「待って持って、泣かないで!」
「泣いてないわよ」
「でも目が潤んでるよ⁉」
「無意識ね」
「えぇ……」
今の紗里の頭は、これから若菜から距離を置かれてしまうと考えてしまう。そして今の心の状態では、涙を止めることはできない。
困った若菜の顔が紗里の目に入る。
(若菜に、正直に言った方がいいのかな……。だって、どうせ終わるのなら、最後に……)
「若菜は、すっすす……人との関係が切れたことってある……?」
「え……? 人との?」
「うん」
つっかえながらも、言葉を選びながら話す紗里を見て、若菜は居住まいを正す。
「私には……無いよ。まだ」
「そう、私も」
「ん……?」
「……………………………………………………………………あったわ」
「だよね」
紗里は無意識に自らの左腿を撫でる。
「でもっ、前も言ったけど! 嫌だったら話さなくても大丈夫だよ!」
紗里の過去はかなりデリケートな部分だ。話してくれるのなら聞くが、若菜の方から踏み込むことはしたくない。
「別に嫌という訳じゃなくて。あと、これは私の過去とは全く関係の無いことよ」
「じゃあ、ただ体調が悪いだけ……?」
「でもなくて、その……」
言うべきか、言うべきではないか。
言いたい。日が経つにつれ、紗里の若菜への感情は大きくなっている自覚はあるし、この前の文化祭で更にその気持ちに拍車がかかった。
そして今日の合宿だ。今の紗里に、平常心で若菜と接することができる自信は無い。
でも、本心を伝えれば全てが消えてしまうかもしれない。だけど嘘を言うことはできない。
「私、若菜には……」
「私には……?」
もう若菜に対する気持ちが溢れそうで、今すぐにでも全てを伝えたい。でもそれはとても恐ろしいことで、紗里にはそこまでできない。でも――。
「嫌われたく……ないの……」
本心は一つではない。若菜のことが好き、それは伝えることができなくても、若菜には嫌われたくない、は伝えることができる。どちらも嘘偽りの無い、紗里の心。
「ならないよ⁉」




