文化祭にて 88
「えっとね、写真を撮られる時は、このレンズに視線を向けるんだよ」
「……ん?」
突如始まった写真の撮られ方講座に動きを止めてしまった紗里であったが、すぐに理解する。
残念に思う気持ちもあったが、安心したという気持ちが一番大きい。
「はいチーズは、撮るタイミング合わせるために言う感じかな、無言で撮られると目閉じてる時多いし」
「そう、分かった」
(別に写真の撮られ方を知らないという訳ではないのだけれど、これはこれで、若菜に手とり足とり教えてもらえて嬉しいわね)
「じゃあ撮るよ!」
「っ⁉」
「ははっ、紗里ちゃん緊張しすぎだよ」
(いきなり⁉ いきなりくるの? 待って、腕が当たっているわ、今更だけど、なんか意識してしまうと緊張するわ。待って、待って待って、待って待って待って)
「はいチーズ」
ただ二人並んで、自撮りモードで撮っただけ。腕を組む訳でもなく、ただ並ぶ。いつも歩いている距離感、ただそれだけでも、その一瞬を切り取られるという行為は、思った以上に恥ずかしい。
「うわ、紗里ちゃんの顔固い。でも……美人ってズルい」
眉根を寄せた若菜が画面を見せてくれる。
「うっ、凄く固いわね。慣れないわ……」
確かに固いが、やはり超絶美人のため、これはこれで良い。
「でも……、初めて撮った相手が、あなたで良かったわ……」
「えー、嬉しい」
(ちょっと待って。……………………………………………………………………………………………………………………私今、なんて言った?)
改めて自分の発言を思い出す。
(こっここここここここっ、コクハク? これ、コクハクしてシマッタ……?)
十数秒の機能停止後、思考領域を確保できた紗里は慌てて頭を回転させる。
(大丈夫よ、若菜を見なさい私。ほら、いつも通りでしょ? 気づいていないの、反応も普通だったし。だから告白でもなんでもない、危なかったわ)
冷静な答えを出すことができた。
そしてこの勢いを利用しない手は無い。
「若菜。写真、送ってね」
「もちろん」
すぐさま送られた写真を保存、お気に入り登録をする紗里であった。




