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百合の一幕 涼香と涼音の緩い日常  作者: 坂餅


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文化祭にて 85

紗里(さり)ちゃんどうしたの? 体調でも悪い?」


 紗里の肩を掴んだ若菜(わかな)が、どんより曇り空の紗里の顔を覗き込む。


「いえ……どうしよう……。厳重な金庫にでも保管しておこうかな……」

「紗里ちゃん⁉」


 紗里がなぜこうなっているのか、若菜には皆目見当もつかない。


「ほんとにどうしたの? ちょっと休もうよ」


 優しく紗里の背を押し、休める場所を目指す。


 休める場所で二人は腰を下ろし、改めて若菜は紗里に聞くことにした。


「……無理してない?」

「大丈夫よ……。あのね、若菜……」


 ここまで若菜に心配されてしまうと、誤魔化すことはできない。正直に話すしか選択肢は無いのだ。いや、それは正確ではない。若菜を納得させなければならない。ただ――。


(若菜に嘘は……つきたくない……)


 全く嘘をついたことが無いといえば嘘になる。紗里も人間だし、よく誤魔化したり嘘をついたりする。ただ、これは嘘をついても仕方がない。


 だから正直に言うしかないのだ。


(言った結果……いえ、もう無理よ……)


 いつもの頭の回転は鳴りを潜めている。


「私ね、この絵を飾ろうと思うの……」

「そうなんだ」


 ただ、全てを言うとは言っていない。


「でも、若菜は見るのが恥ずかしいって言ってたでしょ? それじゃあ若菜はもう家に来てくれないのかなと思って……」

「いやいや、恥ずかしいけどそんなことないよ! ただ親とかに見られるのが嫌だってだけ! 家そんなに広くないし」

「そうなの……?」

「うん! だから大丈夫!」

「じゃあ、飾ってもいいの……?」

「いいよ‼ 飾らないと描いてもらった意味無いし!」


 へこんでいる紗里を元気づけるため、明るく言う若菜。ただへこんでいる紗里を元気づけたい、そんな純粋な気持ちからの若菜の言葉。


 ここでふと、魔が差した――。


(この流れ、写真をお願いすれば撮ってくれるかしら……。でも若菜の純粋な気持ちを――でも、私がへこんでいるのは本当だし、写真を撮ってくれれば元気が出る。これは狡くもなんともない、仕方の無いこと。だからいいわよね? 待って緊張してきてきたわ、ああどうしよう、また若菜が心配してくれているわ! ああもうどうしていつもこうなのよ!)


 そして、大切なのは勢いである。


「あの……ね……、お願いがあるの……。我ながら狡いと思うのだけれど……」

「う、うん……。私にできることなら……!」


 重苦しく開かれた口から出てきた言葉に、若菜は唇を引き結ぶ。無理難題は無いだろうが、一応覚悟はしておく。若菜の経験上、超絶美人のお願いは無茶なことが多かったからだ。


「写真……撮らない……?」

「えっ⁉」


 そのお願いに驚く。そして、若菜が驚いた理由は、紗里が予想する若菜が驚いた理由とはまた違うのだった。

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