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百合の一幕 涼香と涼音の緩い日常  作者: 坂餅


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文化祭にて 39

「空気が変わったわ――」

「えぇ……?」


 校舎内の空気の流れというか温度というか、なにかが変わった。そして僅かな風に乗って言葉も聞こえる。


「今度は本物の涼香(りょうか)ちゃんが涼音(すずね)ちゃんを抱きしめたみたい」

「いやいや、涼音ちゃんに限って人前でそんな――」

「文化祭テンションならおかしいことじゃないわよ」


 そして紗里(さり)はその二人がいる方へ、ゼロから百の速度で動く。


「うぉわ! はっやい!」


 紗里が走り出したことにより生じた風を受けた(しょう)は、その後を急いで追いかけるのだった。


 軽やかなフットワークを駆使し、時には壁を蹴り、涼香と涼音の近くへと辿り着いた紗里は、人が集まっているためとりあえず窓から外に出て、再び校舎内に入って二人の下へとやってくる。


「あら、委員長ではないの」

「委員長……助けてください……」


 相変わらずな涼香が抱きしめるのは、正気に戻った涼音だった。


 顔を真っ赤にした涼音が、涙目で紗里に助けを求める。


 突如現れた紗里に呆気にとられる者が多い中、紗里は冷静に返す。


「それなら、とりあえず屋上行きましょうか」


 そして涼音を抱きしめた状態の涼香ごと二人を抱えた紗里は窓を向く。


「待ってくださいよ、まさか窓から……?」

「そうよ。人もいないし、行きやすいわ」

「涼音、私に掴まってなさい!」


 いくらここが三階とはいえ、窓から屋上に行くことなどできる者は数える程しかいないし、仮にできても人に見せていいものではない。とりあえず速やかに実行するべきだ。


 涼香が涼音を更に強く抱き締めた瞬間――身体が浮いた感覚を感じたと思えば屋上に辿り着いていた。


 

 一方その頃――。


 いきなり消えた三人はどうしたのか、窓際に人が殺到している、その横で。


「えぇ! どこ行った⁉」


 ようやく辿り着いた翔が声を上げる。それ程遅れて来た感じはしなかったが、まさかこの僅かな時間で涼香諸共いなくなるとは思わなかった。


「上だぜ」


 そしてそんな翔に声をかける人物がいた。千春(ちはる)だった。


 腕を組んで、壁にもたれかかっている状態で天井を見やる。


「屋上かあ……、行くかあ……」


 とりあえず翔も屋上を目指すことにした。


 それから少し経った後、窓枠付近で人々がざわつきだした。


 千春がそこを見ると、ヌルッと真奈(まな)が窓から入ってきていた。


 恐らく屋上からやってきたのだろうが、どうにも地獄から這い上がってきたように見える。


 その様子に蜘蛛の子を散らすように人々が逃げ、千春達三年生しかいなくなる。


「平和が戻ってきたか……」


 そう呟く千春の下へ、真奈がやってくるのが見えた。


「どうした?」

「飲み物」

「そういうことか」


 千春がもたれかかっていたのは、自動販売機をやっている、菜々美(ななみ)のクラスだった。


 真奈は千春の横を通り過ぎ、教室内へと入るのだった。

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