文化祭にて 36
「これはっ――」
いち早く目を覚ました涼香が、気を失っている涼音に駆け寄る。
意識を失っているが倒れた訳ではなく、その場にへなへなと崩れ落ちているためまだ安心だった。
「可愛い! 涼音! 食べちゃうわよ!」
そう言いながら写真を撮りまくる涼香。
抵抗もなにもできない涼音が目覚めたのは、涼香の声よりも、シャッター音でだ。
「うるっさいですね……」
いつも通りの目覚め方だが、気を失う前の記憶はしっかりと残っていたらしく、すぐさま顔を手で覆って赤くなる涼音である。
「どうしたの? 熱でもあるの?」
「違いますよ!」
「そう、可愛いわね」
「先輩のせいですよ」
「ふふっ」
そう笑って髪を払う涼香である。
「あら? 春と秋ではないの。こんな所で寝ていると風邪をひくわ――違うわね、これは涼音の可愛さにやられたのよ」
「なに言っているんですか」
「分からないの……覚えていないのよ。なんかこう、涼音が途轍もなく可愛いことをしたのは朧気ながら覚えているのに、あっ、涼音は普段から途轍もなく可愛いわよ。あら? それなら、特になにもなかったのではないの?」
一人ぶつくさと言っている涼香を他所に、春と秋が目を覚ました。
「「ごふっ……。なにが……、いったい……なにが……!」」
血を吐きながら、春と秋はなにがあったのか思い出そうとしている。
三人の様子を見て、涼音は気になっていることを確かめる。
「えっ……覚えてないんですか?」
「涼音が可愛いのがいけないのよ」
「「覚えてない……」」
「なんで覚えてないんですか‼」
突如涼音が叫ぶ。
叫びたくなるのも仕方がない。あんなに恥ずかしい思いをしたのに、誰も覚えていないのだ。でも自分は覚えている。誰も覚えていないことに、一人で悶えなければならない。
「あーあーあー‼ もう嫌だー‼」
その場で叫び出す涼音。涼香達からすれば、なにがなんだか解らない状況だ。ただ、それでも言えることは――。
「可愛いわね」
「「うん、可愛い」」




