文化祭にて 35
「あら、あの二人は?」
「「向こうで休ませてる。それで、急にどしたの?」」
我が物顔で居座る涼香に、日花と月花を休ませてきた春と秋が返す。
「急にすいません、あまりの人の多さに……はい……」
申し訳なさそうな涼音の可愛さに春と秋は悶えそうになるが、なんとか耐えている。
「あら、あなた達、涼音の可愛さを感じているのね。そうなのよ、涼音は可愛いのよ!」
「黙ってください」
「「涼音ちゃん可愛い!」」
「そうでしょう‼」
「ああもう!」
「涼音の可愛さにみんな釣られたのよ」
「先輩のせいでしょ」
髪を払う涼香である。
「「んー、まあいいや。ここにいてもいいけど、出たらまた人が集まるんじゃない?」」
春と秋の疑問はもっともだ。人から逃れられたとはいえ、文化祭中、ずっとこの場で留まることはできないししたくない。占い部の邪魔にもなるだろうし、いくら涼香でもその辺の気遣いはできる。
「そうなんですよねえ……」
人に囲まれないようにするのは諦めた。でも面倒なのは、涼香による涼音の可愛さ布教である。
「もっと涼音の可愛さをみんな知ってほしいのよね……」
「「涼香が独り占めしたらいいんじゃないの?」」
涼香が涼音の可愛さを独り占めするのであれば、割と平和に動くことができそうだ。
普段なら絶対やらない、でも今は文化祭。文化祭テンションに、涼香との最後の文化祭。涼音は覚悟を決めた。
「解っていないわね、涼音の可愛さは全世界に――」
「先輩」
涼香の言葉を遮り、涼音が口を開く。
「今日だけ……、今日だけは、あたしを……」
この先を口にするのが恥ずかしい。身体が熱くなり、頭が沸騰しそうだ。
「独り占め……して……ください……」
俯いて、でも目は涼香に向けて、最後は聞こえているか分からない声量で言い切る。
その瞬間――涼香の身体が吹き飛ぶ。
ナチュラル上目遣いの恥じらう涼音の可愛さ、それは涼香の涼音可愛いメーターを容易く振り切る程。なんせ初めて生で見たのだ。
それを横で見ていた春と秋も、その可愛さの破壊力に血を吐いている。清々しい笑顔で。
涼音は今すぐこの場から逃げ出したくなる。でも、ここで逃げ出せば後々面倒になりそうだからかなり頑張って耐える。耐えに耐え……意識を手放した。
今、この教室では誰一人起きていなかった。




