文化祭にて 29
途中爆発があった以外は、若菜の紗里への対応は他の来館者と大差無く、本当に用もないのにやって来てしまったのだからそれは仕方が無いと解ってはいるが複雑な思いを紗里はしていた。
「ばいばーい」
若菜に手を振られ、大使館から出た紗里の隣ににゅっと翔が生えてきた。
「先輩なにやってんすか! どうしてこう、ガっと! わかなんたガっといかなかったんですか!」
「なにも考えられなかったわ……」
「可愛いなこの先輩!!!!」
手で顔を覆う紗里の姿は、涼香のそれとは違い、本当にピュアというか、純粋なキュンキュンが溢れる。涼香が同じことをしたのなら蹴りたくなるのだが、紗里はなぜか保護したくなる気持ちになる。
去年まで、まさか紗里がこんなにも可愛い人だなんて思いもしなかった翔は、同時にこれに気づかない若菜へ苛立ちと、こんな紗里を自分が独占したくなる気持ちが芽生えてしまう。
「先輩!」
だからとりあえず、翔は紗里の肩を掴んで言う。
「うちじゃダメですか?」
「……え?」
いきなりなにを言ってるんだと、当然紗里は目を見開く。そして分かりやすく眼鏡がズレ落ちていた。
「なんか、先輩見てたら凄く可愛くて、失っていたなにかを取り戻せた気がして、多分どうせわかなんは気づかないだろうし、うちでよかったら――」
そこで、翔の口に人差し指が添えられた。
今までで一番見てきた表情をした紗里が見えた。
静かな声、でもそれは周囲の喧騒にかき消されることはなく、翔に届く。
「駄目よ」
「あっ……」
その一言だけで、翔は冷静になれた。
「それは間違い無く気の迷い」
涼香が絶景というのなら、紗里は強く美しい鉱石だと、翔は漠然とそう思った。
「……ですよね、すみません。なんか、涼香に領収書渡しといてください」
「微妙にツッコミにくいことを言わないで欲しいのだけれど……」




