文化祭にて 28
そして若菜のクラスの大使館へやって来た紗里は、来たはいいものの、どうすればいいのか分からず立ち尽くしていた。
やはり周りに人は集まるが、誰も紗里の頭が真っ白になっていることなど想像できない。
(紗里ちゃんなにしてるんだろ……?)
そんなことを思いながら対応を進める若菜。
大使館がどういう催し物なのか、それは結構単純で、各学年各クラスの催し物の案内である。
一応、地図と各催し物が記載されたパンフレットがご自由にお取りくださいされているため、来なくても全く問題無いのだが、涼香効果で午前中は人でごった返していた。
今現在人は疎らだが、紗里が来たことにより再び人が増えてしまった。
「わかなんわかなん……!」
そんな声と一緒に、こちら側に回ってきた翔が紙を一枚寄越してきた。
対応をしながらさり気なく紙を確認してみると――宮木先輩の対応よろしく☆――と書いてあった。
「ありがとうございました」
そうして目の前の来館者を送った後、その通りに紗里を呼ぶ。
淀みなく、見事な立ち振る舞いで若菜の前にやって来た紗里。大使館がどういうところかぶっちゃけよく知らないが、本当に大使館にいそうな雰囲気がある。
「どうしたの?」
当然、若菜以外にも来館者の対応はされている。それ故に声も大声を出さなければ聞こえないだろう。
「どうしたの? って、会いに来ては駄目?」
「いや別に。ダメじゃないけど」
(ききききっ……緊張した! でも良かったわ、駄目じゃな――面と向かって駄目とは言えないような気が……若菜はそんなこと言わないわ! だって私の家に泊まったりしているのだから! 一緒にお風呂に入った仲だから!)
「ふふっ、なら良かったわ」
そう言ってニコリと紗里は笑う。その笑顔は飲み物をニヤつきながら持ってきた若菜のクラスメイトの心臓を撃ち抜いた。
――元バレーボール部横山一穂の記憶はここで途絶えてしまった。




