文化祭にて 26
――若菜がいなくなってしまった。
それだけ聞くと、若菜がお亡くなりになったという悲壮感漂うが、実際には若菜は生きているし、ただシフトの時間になったからクラスに戻っただけだ。
ならば、なぜこんなことを思ってしまうのか、紗里は別れ際の、ぎこちない若菜の表情を思い出す。
若菜自身は誤魔化せているつもりであっても、どれだけ彼女の表情を見てきたか。紗里には、誤魔化すことはできなかった。
「わかなん行っちゃいましたね」
涼香の母を外に出すため目立たなければならず、そこで紗里は若菜にハグをした。
超絶美人のシンプルかつ最強の目立ち方だ。そして作戦は成功、周囲の視線を全て吸い込み、無事涼香の母は校外に出ることができた。
ただ、問題が起こったのはその後だった。
間違いなく、涼香の母はこうなることを予測していた。それでも、敢えて紗里達にやらせたのだ。なぜそうしたのか、その意図を察しているのは紗里だけだ。
「そうね。はあ……」
「でも、やりましたね!」
そんな紗里に、若菜の同級生かつ、元バスケ部の真辺翔が声をかけていた。
翔は若菜とあまり変わらない長さの黒髪を前髪ぱっつんにして、少し日焼けしている生徒だ。
「ええ、若菜の体温が残って――はっ!」
思わず口を衝いて出た言葉を慌てて紗里は飲み込む。
しかし翔はわざとらしく、口元に手を添え、紗里の耳元で囁く。
「大丈夫っすよ。先輩の気持ち、うちら知ってますから」
「大丈夫じゃないと思うのだけれど……」
「いやあ、前々からそうかなって思ってたんすけどね、夏休みの……ほら! 流しそうめんの時! その時確信したんすよ」
紗里は若菜との記憶の中、その流しそうめんの時の記憶を掘り出す。
「……………………そそそそ、そうとは限らないわよ」
「無理ありますって。まあ別に誰にも言いふらしてないんで安心してください。わかなんに誓ってありえないっすよ」
「……それなら」
若菜に誓うと言われると頷くしかない。若菜の話から度々聞く翔の名前。二人は親友と呼べる程仲が良いらしい。
紗里が頷いたのを見て、翔は目を輝かせたのだった。




