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百合の一幕 涼香と涼音の緩い日常  作者: 坂餅


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文化祭にて 6

紗里(さり)ちゃん。私お昼になったら大使館に入らないとだから、一緒に回れないよ?」

「解ってる。だから終わった後、また回ってね」

「おっけー。じゃ、それまでこっちでの仕事をやりますか」


 そう言って若菜は、紗里を囲う人々を流し見る。


 キャイキャイと騒がしく、その視線は紗里に向けられているが、いくつかはその隣にいる若菜(わかな)にも向けられている。それも当然、どこの学校でも、学校一の美人がいれば注目を集めてしまう。そしてそんな美人と仲が良く、隣にいる若菜は目立って当然だ。


「やっぱり凄いなぁ……」


 若菜の呟きに紗里はニコリと微笑む。


「まだ時間があるうちになにか食べましょう」


 人混みを引き連れ、紗里と若菜がやって来たのは、飲食ブースだ。


 模擬店は校門から昇降口の間、その道の両端に並んでいる。夏祭り時期の神社でよく見る光景だ。


 各学年の店が並ぶが、文化祭の模擬店など毎年代わり映えしない。


「大体が同じね。食品衛生的に仕方が無いけれど」

「だから私ら三年は一クラスだけ、模擬店は」

「……凄く個性的ね」


 歩いてきたのは、紗里の言う個性的な模擬店である、三年生唯一の模擬店。個性的すぎてあまり売れ行きは良くないみたいだ。


「儲かってなさそうだね」


 大将やってる? のノリで若菜が模擬店にいる生徒に聞く。


「いや、宮木(みやぎ)先輩が食べてくれれば売れるね!」

「だって紗里ちゃん」

「えぇ……」


 ほんとに食べないと駄目? という目を向けるが、若菜は当然だと頷く。


「大丈夫ですよ! ぜんざいなんで!」

「そうね。お餅が個性的なことを除けばただのぜんざいね」

「お餅二個入れておきますね!」


 そうウインクしながら言われて、半ば強引にぜんざいを渡される。


「あっ、宣伝になるんでお代は結構です」


 使い捨てのスープカップに入れられたぜんざいを渋々受け取り箸を構える。


 小豆の池から顔を覗かせる、個性的なお餅、端的に言うと微生物の形をしたお餅。紗里の受け取ったぜんざいは、ボルボックスとアオミドロの形をしたお餅だ。


「お餅のサイズも微生物サイズならいいと思うのだけれど……」

「それだと面白くないじゃないですか。緑のはよもぎ餅ですよ」

「そう……」


 受け取ってしまったからには食べない訳にはいかない。それに、お餅を二個も入れてくれたということは、そういうことなのだ。


 とりあえず、ボルボックスの形をしたお餅を食べる。


「――よもぎ餅を入れたぜんざいね。うん、美味しい」


 見た目が嫌なだけのただのぜんざいだ。


「さあ若菜も食べなさい」


 二個あるということは、もう一つは若菜が食べることになる。


「いや私はいいよ」

「駄目よ、人に食べさせておいて逃げるのは。大丈夫よ、美味しかったから。ほら――」

(食べさせてあげるわ。食べさせてあげるわ。食べさせてあげるわ。食べさせてあげるわ。食べさせてあげるわ。食べさせてあげるわ。食べさせてあげるわ。食べさせてあげるわ。食べさせてあげるわ。食べさせてあげるわ。食べさせてあげるわ。言えるの? 言えるの私? せっかくのチャンスよ、言うのよ! こんなチャンス無いのよ? 簡単よ! 九文字よ! 言うのよ私! せっかくここまでしてもらったのに⁉ この瞬間このタイミング! なにも不自然じゃない! 言うのよ‼)

「――食べさせてあげるわ」

(言えたわ‼ いえた……わ……)

「えー……そこまで言うなら……」


 箸で摘まれているアオミドロを、躊躇いがちにかぶりつく若菜。


「あっ、ほんとだ美味しい」


 自然な流れでのあーんだが、紗里の意識は途中で失われており、その決定的瞬間を見ることはできなかった。 

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