文化祭にて 3
――帰りたい。
帰りたい気持ちを擬人化すれば、それは今の涼音のような人になるだろう。
幸いなことに、アニメでよく見る、貴族の着るタキシードを着ることは免れたが、ネクタイにタキシードを着るとこになった。
タキシードといえば蝶ネクタイではないかと思ったのだが、あったのが変声機付きの蝶ネクタイしか無かったためネクタイになった。
「檜山さん似合ってるぅ!」
誠に遺憾だが、夏美にその姿を見られた時のリアクションを思い出しながら涼音は平静を保つ。
とりあえず二時間、この姿で接客を頑張らなくてはならない。
集中すれば時間はすぐに過ぎるだろうと気を引き締め、開店と同時に一番前に並んでいた人物と同時に人がなだれ込んで来た。
(うわ……)
その先頭の人間を見た涼音は、微笑を保ちながら、心の中で海に向かって叫ぶ。
(めんどくせー!)
先頭に現れたのは、絵画の中から現れたのかと見間違う程の美しく、気品のある生徒だった。
その一挙手一投足が工芸品のように人々の目線を釘付けにする。
――佐藤陽菜。
涼音がこんな格好をする羽目になった元凶かつ、王子喫茶の目玉。
「やあ檜山さん、今朝も見たけど、まさかここまで僕の胸を打つとは。可憐な君に良く似合う」
(ああん?)
「ありがとう佐藤さん。えっと……一名様ご案内でーす」
今更だが、王子喫茶というからには、接客も王子っぽくしなければならないはずだが、その接客方法を涼音は聞いていない。
曖昧な笑みで誤魔化しながら、ファミレス的な接客をする涼音であった。




