正気を保て‼ 5
アイスを食べ、脈拍を数えたりカーペットの毛の数を数えたり、そうして正気を取り戻した若菜と紗里。
「そういえばさ――」
再び勉強に戻ろうとした時、若菜は自分にしかできないミッションを思い出した。
「紗里ちゃん、今年の文化祭来れる?」
「行けるわよ、涼香ちゃんのことでしょ?」
「そっ、さっすがー」
それから、若菜は涼香による被害予測を紗里に語る。紗里も去年、一昨年と、涼香がいる文化祭を経験しているため、すぐに理解してくれた。
「改めて凄いわよね、下級生からも人気だなんて。私もそうだけれど、基本は同級生だけよ?」
涼香の人気の相変わらずさに微苦笑を浮かべる紗里。そこには、その人気でやらかさなければいいのにという意味が見て取れた。
ただ、それが涼香なのだから今更どうしようも無い。来年からまた涼香の面倒を見るのだから、忘れないように経験をしていなければならない。
「今年は最後だから、他にも呼ぶらしいよ」
「繋がり広いわね、あなた達」
「そそ、紗里ちゃんは知ってると思うよ。篠原先輩」
その枠だからといって、繋がりがある訳ではないが、如何せん目立つのだ。顔と名前ぐらいは知っている。それは相手方もそうだろう。関わりは無いが名前と顔は知っているというレベルで。
「そうね、私が一年の時に三年生だったわ」
「ここねの幼なじみだって」
「世間って狭いわね」
「あとは二個下の双子ちゃん」
「その枠で双子って存在するのね」
「ね、凄いよね。うちの双子が手玉に取りました」
誇らしげに語る若菜。その若菜も、その枠の一人を連れて来られるという稀有な存在だ。本人に自覚はあるか分からないが。
「具体的になにをすればいいの? 陽動なら私達は普通に回るだけでいいと思うのだけれど」
「紗里ちゃんの言う通り、普通に回るだけで大丈夫だよ! 一般客はそれで分散するだろうし」
「解ったわ。なら当日中、涼香ちゃんを見に行けないわね」
「そうなるね」
「若菜はどうするの? 私に一人で回れと?」
少々意地悪な言い方だが、早口で最もなことを言う。
紗里自身は、元々今年の文化祭に行くつもりだった。若菜が最後ということでだ。
ただ、元々行くつもりだったのと、涼香対策で呼ばれるのではやることが違う。回るだけだからあまり変わらないように思えるのだが、紗里にとっては月とすっぽん、徒歩と人工衛星並に違う。
(私は若菜と回りたいのよ! もちろん涼香ちゃんのために動くけれど、大切なのは若菜と回れるかなのよ!)
「まあ、そうなっちゃうかな。でも大丈夫! そこら辺に私達待機してるから!」
「……」
(どうして気づかないの⁉ 若菜ってどうしてこんなに鈍感なの? もしかして熱中症? それとも夏風邪? これはもう直接言うしかないわよね? え⁉ 直接⁉ 待って、待って待って‼ 若菜に一緒に回らないかって直接言うの? もちろんシミュレーションはしていたわよ。でも、本気で言うつもりなの? これってデートの申し込みよね? 告白じゃないの⁉)
またもや正気を失う紗里。傍から見ればとてもそんなふうに見えないすました顔。人の内心など見えるはずもない。
「あああああああああののののの、わわわわわわかかかかかかななななななななななな」
「うわっバグった⁉ 待って、飲み物持って来る!」




