正気を保て‼ 4
何事もなかったかのように戻ってきた若菜を、紗里は手を広げたまま見ていた。
洗面所であんなことをしておきながら、すました顔をしている若菜。
当然紗里には、若菜がなにをしていたのか知る由もない。
「紗里ちゃんどうしたの?」
「これはっ……その、冷たい空気を感じようとしてっ……そうね、変ね」
(やってしまったわやってしまったわ! どうして咄嗟に動かなかったの? 私の馬鹿! 若菜になんだコイツって思われたらどう責任を取ってくれるの? 誤魔化せた? ごまかせたと思うのだけれど、誤魔化せた?)
慌てて居住まいを正した紗里は正気を保とうと必死になる。
「まだ暑いもんね」
そして紗里の頑張りに報いるように、若菜は納得してくれた。
「そうなの、アイスでも食べる? 暑いし、疲れたでしょ? 甘い物でも食べないと」
こういう時のため、お高いアイスを冷凍庫に潜ませている。
若菜のためもしくは、なにかあった時に話を逸らすための準備。
大抵の人はお高いアイスに弱いのだ。
「え、食べたい」
「そうよね、良かったわ」
そう言って紗里は、冷凍庫にあるお高いアイス(ミニカップ)を持って来る。
「さあ選んで!」
「え……、何種類あるの⁉ スーパーじゃん!」
その種類はざっと二十はある。期間限定など、今現在買える物が全てある。
(やってしまったわ! 若菜のためにと思って全種類揃えたのに、これでは引かれてしまうわ!)
「えっ……あっ、そう、美味しそうだったからつい、全種類買ってしまったの」
至極真っ当な言い分だ。そもそも若菜はただ驚いているだけだし、なんなら目を輝かせている。引くなんてことは無い。
なんでもかんでも悪い方に考えてしまうぐらいには、紗里は正気を保てていなかった。




