家庭科室にて 11
「だから、その男が満足な社会生活をおくれないようにしてくる」
「五感のどれかを奪えば懲りるかな?」
奏と音の話を聞いていた真奈がなにがあったのかを話し、その話が終わった後の真奈とここねの言葉だ。
立ち上がった二人を、涙の乾いた奏と音は見上げる。
なにがあったのか――。
美容師の専門学校に合格した奏。しかし入試の日から、ストーカー紛いのことをされているらしい。
相手は同じ学校を受験した他校の男子生徒。入試の日からしつこく絡まれている。
仲良くなりたいのならまだしも、下心丸出しの男に嫌悪感を抱いた奏は恨みを買わないように適当にあしらっていた。
それでも、その男はしつこく奏に言い寄る。挙句の果てに、奏のセットした髪の毛の感想を言ってきたり、奏の最寄り駅までやって来たり。
ここ最近は、この学校近くで待ち伏せている。
だから奏は、音に被害が出ないように少し距離を取っていたのだ。音の髪の毛を奏がセットすると、それを見た男が音に奏とはどういった関係なのかと聞きに来たりするだろう。
だから奏は音に黙っていたのだ。
本当に怖かった。怖いし気持ち悪い。
今だって、こんな暑い中、奏を待ち伏せているのだ。
進学先を変えたところで、奏の住む場所はある程度割れているから意味が無い。
二人を置いて、家庭科室から消えた真奈とここね。ようやく口がきけるようになった涼香が口を開こうとした時――。
「終わった」
「終わったよ」
いつも通りの真奈と、やけにいい笑顔のここねが帰って来た。
「終わった……?」
奏の問いかけに二人は頷く。
それを見て、大粒の涙を奏は流す。
「よかった……。ありがとう、二人共」
音は感謝するが、その表情はどこか苦しげだった。
音の考えていることを真奈は解るのだろう。
「ワタシが、時雨が加賀野を護れるように鍛える。これからも、必要になるかもしれない」
その言葉に、音の表情はいくらか緩む。
向かいに座る三人には見えない位置で、音は奏の手を強く握り、覚悟を決める。
「お願いします」
と言っても、鍛えるのは明日からだ。今日は気持ちを落ち着けるため、ここでゆっくりしよう。
「涼音ももう来ると言っているわ」
ようやく言葉を発することができた涼香であった。




