家庭科室にて 9
「音ちゃん……?」
黙々と親子丼を食べ終え、血糖値が上がり始める頃に奏は声を出す。
続く言葉は考えていない。ただ、早く名前を呼ばなければという使命感で口が動いた。
「ん」
奏に聞こえるか聞こえないかの声で反応した音は、キツく拳を握りしめる。
「私……なんかしちゃったんだよね……? 奏に甘えすぎたせいかな?」
「ううん。違うの、音ちゃんは悪くないの。音ちゃんはなにもしてない……」
「じゃあなんで……!」
思わず強く声が出てしまい、慌てて口を噤む。
視線は交わらず、互いに見えているのは互いの震える肩のみ。
「それはっ……。それは、言えない……」
互いが見えない話し合いは、伝えたいことを伝えられない。相手の感情も、考えも、なにも見えないし向き合えない。
「でも、私に原因があるから……その……、髪の毛も……」
「それは違うの‼ それはわたしができる状態じゃないから! 音ちゃんのこと嫌いになった訳じゃないから‼」
「……嘘、つかないで」
「嘘じゃないよ‼」
音の視界にはもう、奏は入っていない。無意識に顔を俯かせ、自分の殻に閉じこもる。
それと対照的に、弾かれたように顔を上げた奏は、このままだとどこかに行ってしまいそうな音の手を掴もうする。
「じゃあなんで‼」
伸ばした手が止まる。
久しぶりに合った音の目からは涙が溢れ、それを拭おうとしないからテーブルに水溜まりを作っている。
奏は泣いている音の肩を優しく抱き寄せ、ただ黙って抱きしめる。
理由は言えない。それはもし音になにかあれば泣くだけじゃ済まないからだ。
でも、不安が爆発し、涙を流してしまった音をそのままにもできない。
それならば、やはり言うべきだ。
「あのね……実は――」
躊躇いながらも、奏は言葉を紡ぎ出す。




