よく分からない教室にて
一方その頃――。
涼音はここねに連れられ、よく分からない教室に来ていた。
遮光カーテンがあることからある程度は絞れるのだが絞りたくない。真っ暗な教室内を淡い光が照らしており、それらは理科室の机みたいな机の上に置かれてある、ホルマリン漬けみたいな、なんか人体錬成でもしているのかと言いたくなるようなガラスの筒から漏れていた。あと肌寒い。
「芹澤先輩……、なんですか、これ?」
「知らなーい」
「えぇ……」
連れて来たのはここねなのに、なぜ連れて来た人間が知らないのか。
ただ、これで一つの安心材料ができた。
もしかすると命の危険にさらされるのではないかと身構えていたのだ。
「わたしも不思議に思っているんだけど……。胎児っぽいよね」
「怖くないんですか……?」
「体育祭の肝試しに比べたら全然怖くないよ」
「あたしは怖いんで戻っていいですか?」
心霊的な怖さは無いためまだ耐えられるが、それでも怖いので一刻も早くこの場から立ち去りたい。
「なんでこんな場所に連れて来たんですかぁ……」
「わっ、可愛い」
腰が引けて涙目になっている涼音を見てボソッと呟いたここねだが、それは涼音の耳には届かない。
「なんとなくかな?」
「ひどすぎるぅ……せ――」
「だめだよ? 涼香ちゃんが来ちゃう」
涼音の口を手で押えたここねの顔がぐっと近づき、光を反射しない真っ黒な瞳が涼音を覗き込む。
この中で一番ホラーだった。
もうそろそろ涙が溢れ出そうになる涼音だが、強引に引っ張られた先へとやってきて、なんとか涙を溢れさせずに済んだ。
今までの部屋が嘘のような、おそらく準備室系統の部屋なのだろう。少し狭いが、蛍光灯の光が照らし、不気味な物などなにも無い部屋だった。
金属製のラックには、教科書などの書籍類が入れられており、生物の教科書が多かった。
「ここならいいかなあ」
そんな小部屋にある、教員用の机と椅子。その椅子にここねは座り、部屋の隅に置いてあった丸椅子に涼音は座る。
「……そろそろ呼び出された理由を聞かせてほしいんですけど……? あたし、柏木先輩にはなにもしてませんよ……?」
なんとなく連れてきたはずがないだろうと言う気持ちと、なにか理由があってほしいという希望を込めながら涼音は改めてここねに問いかける。
「うーん……ここなら人は来ないだろうし、お話するのには丁度いいかなって」
「なんのお話ですか……」
理由は分かったが、人が来ない場所でする話とはなんなのか。一つ解決すれば、また一つ疑問が湧いてくる。
「世間話だけど」
「世間話するような場所じゃないですよぉ‼ それなら家庭科室でも良かったじゃないですかぁ」
「だって涼音ちゃんとお話したかったんだもん」
「だもんじゃないですよ!」
誰もいないが、もし誰かがこの光景を見ているのなら、朗らかな笑みを浮かべてしまうような光景。
「菜々美ちゃんのことだよ」
「うっ……」
その朗らかな光景を潰したのは、他でもないここねだった。
真っ直ぐな声音。いつもの小動物的な可愛らしさは、今は無い。




