水原涼香対策会議
まだ日はある時間なのに暗い教室、遮光カーテンがある、どこかの教室でのこと。
灯りの無い教室の中で、カッとスポットライトに照らされた先にいた生徒が机に肘をつき、指を組んで厳かに告げる。まるで秘密組織の偉い人っぽい空気を纏った生徒だった。
「これより、水原涼香対策会議を始める」
その一言で、コの字に据わった他の生徒をスポットライトが照らす。
ここにいるのは各クラスから代表一名ずつ、それに特別顧問が三人の十名が教室にいた。
「今回の話は新たに浮上した厄介事に関してだ。このままだと、今年の文化祭は去年以上に騒ぎになることが予想される」
「……水原涼香の神話」
誰かがそう零した。その言葉に、息を呑む者が数名。
涼香の見た目と他学年からの評価を見ると、そうなるのはまあまあ分からんことでも無い。ただ、現実を知っている者達からすれば、厄介極まりないことなのだ。
「調べた話ですと、分かっていた通り、荒唐無稽な話ばかりです。ただ一部、実際起きた事象から生まれた話もありました」
その言葉で、教室内の空気は慌ただしいものになる。
――実際に起きた事象が多すぎる。
さっきまで偉い人っぽかった生徒が、いつもの口調で言う。
「えぇ……。それってなに?」
「トイレを終えて、手を洗いました。ああ、しまった、ハンカチを忘れた! そんな時、どこかから飛んできたんですよ、ハンカチが――」
それを聞いて、一同はなんとかその記憶を引っ張り出す。
「ハンカチを忘れた生徒は驚きました。どうして自分の下にハンカチが飛んできたのか。そんな時、やって来たのは涼香。たいそう驚く生徒に、涼香は言いました。あら、あなたハンカチを忘れてしまったの? 私のハンカチ、貸してあげるわ。と。なんとのその飛んできたハンカチは涼香の物だったのだ。その生徒は気を失いそうになりながら、ありがたくハンカチを貸してもらいました。そこからが、この神話の始まりでした」
「涼音ちゃん、そんなことあったの?」
偉い人が、この場で一番可愛い後輩に聞く。
「憶えてないです……」
「ハンカチを持たずにトイレから出て来た時に涼香と目が合うと、幸運が訪れるという神話です」
その締めくくりを聞いた一同はしばらく黙りこくる。
「……なんか涼香の話って、全部結末が〝幸運が訪れる〟よね」
「大して変わらなくない?」
「でも、そういった噂って外部に漏れるでしょ?」
「他学年から見れば、涼香って目が合うだけで幸運だもんね」
口々に意見を出し合う中、一人の不機嫌そうな顔をした賢い生徒が口を挟んだ。
「そもそも、水原の神話かなんだか知らないけど関係無いだろ。ただ、あの馬鹿の噂を聞きつけてやって来る学年が一つ増えるだけだ」
「あなたは⁉」
「綾瀬!」
「彩‼」
「うざ……」
「確かに神話云々よりも、一年生とその関係の子達が増えるから、去年よりも大騒ぎになると考えた方が良さそうね」
賢い生徒がそういうことだと頷き、もうなにも話さないとでもいいたげに腕を組んでそっぽを向いた。
「この学校でそういう騒ぎを起こす生徒は三人、でも今年も涼香のせいで他の学年の子はあてにならない」
そこで手を挙げた生徒が一人いた。
「あなたは⁉」
「水原涼香被害者の会!」
「筆頭被害者‼」
「柏木!」
「菜々美‼」
「彩の気持ちが解った気がするわ……」
赤毛美人の生徒が僅かに項垂れる。
もうこのまま黙っていようかと思った赤毛美人は、自分が手を挙げたのだから言わなくてはならないと思ったため、気力を振り絞って口を開く。
「外部から、その枠を増やせばいいのよ。確かに涼香が一人で全て吸い取ってしまうかもしれないわ。でも所詮は人間一人、どこからでも見える場所にはいない。その時、騒ぎが起きる人が多ければ、人は散るということよ」
赤毛美人の言葉に、ふむ、と偉い人が重く口を開く。
「Sちゃんを呼ぶと言うことかっ……‼」
「なんで名前伏せるんですか……?」
「それともう一人、知り合いがいるの」
赤毛美人の言葉に、偉い人は片眉を上げる。
「私の知り合いの、Tさんよ!」
「Tさん⁉」
「Tさんだと⁉」
「まさかあのTさんを⁉」
「あなた達知らないわよね?」
「「「知らなーい」」」
三人のボケを処理した赤毛美人は四本の指を立てる。
「別に知り合いでもないその四人がいれば――」
「一年生は双子らしいよ」
「そうなの⁉」
突然の情報に止まったが、すぐに訂正をして話し出す。
「その五人がいれば、騒ぎが分散すると思うのよ」
これだけいれば、なんとかなるのではないか。上手くいくかは分からないが、これが現状一番上手くいきそうだと、この場の誰もが思っている。
「司令‼」
誰かが偉い人を仰ぎ見る。
(司令だったんだ……)
(司令だったのかよ……)
(司令だったのね……)
偉い人もとい司令官はバンっと机を叩いて立ち上がる。そしてたっぷり溜めた後、これが最終決戦だと言わんばかりの迫力で言う。
「それでいこう!」
今年が最後。ある意味、最終決戦というのも間違いでは無い。
こうして、安全かつ円滑な文化祭のための作戦が、人知れず始まるのだった。




