番外編 涼香と涼音 最後の晩餐(昼食) 5
海鮮丼を食べ終えても、涼香のテンションは上がらない。
「帰るわよ」
少し一服して、帰ろうと涼香の母が席を立つ。
水原家の物なのか、レンタカーなのか、よく分からない車に乗り、家に帰る。
先に家の前で降ろされた二人。涼音は先に貰った鍵で水原家のドアを開けて中に入る。
黙ってついてきた涼香は、涼音を追い抜いてリビングへと入っていく。
「手洗いとうがいですよー」
一応言ったが聞こえているのだろうか、とりあえず手洗いとうがいをした涼音がリビングに入る。冷房はつけた直後で、まだ部屋は冷えていない。
そんなリビングにあるソファーに、恐らく飛び込んだのだろう。沈み込んだ涼香の姿があった。
「せんぱーい」
涼音が涼香の弱点である脇腹をつっついてみるが、身を捩るだけで声は上げない。
「えぇ……」
海鮮丼を食べて、少しは戻っているかと思ったが、それ以上に涼香の心は深刻な状態らしい。
「涼音ちゃん、抱きしめられなさい」
帰ってきた涼香の母が後ろから言う。
「えぇ……」
「涼香、朝から晩までみっちり勉強と言ったけど、定期的に涼音ちゃんを摂取してもいいのよ」
その瞬間――。
「ふぁあっ」
近くで立つ涼音を捕食するかのように抱きしめる。涼音は涼香に覆い被さった状態になり身動きが取れない。
「言ったわね‼」
「言ったわよ。最後の晩餐はどうだったかしら?」
「昼食よ!」
いつも通りのテンションに戻った涼香から、じたばたと暴れて涼音は脱出する。
「急になにするんですか!」
涼音が身体を起こすのと一緒に、涼香も身体を起こす。
涼香は眉根を寄せる涼音の頭を撫でて笑う。なにも言わない。
「さあ、勉強するわよ!」
「え、無視ですか」
「やる気になってなにより」
そう言って、涼香の母はどこからか持って来た参考書類テーブルの上にドカンと置く。
「さて。勉強、始めましょうか」
絶対に逃がさない、泣いても吐いても関係無い、そういった空気を纏った笑みを浮かべる母に、本当に恐ろしいものを見た表情を浮かべる涼香と涼音だった。




