番外編 涼香と涼音 最後の晩餐(昼食)
「はあ……」
いつもなら、海鮮丼を目の前にした先輩は、微量で膨大なエネルギーになる魔法の光体に導かれたのかってぐらい悪人面で笑うんだけど、今日はとりあえず集中治療室に入った方がいいんじゃないかってぐらいテンションが低い。
「大丈夫ですか?」
病院、行きます?
テンションは低くても、箸は動いているし口も動いている。おかしいのはテンションだけ。
「涼音」
「なんですか」
「美味しいわね……」
「じゃあ美味しそうに食べてくださいよ」
そんな顔をして言われても美味しいとは思わない。
「最後の晩餐よ。しっかりと味わいなさい」
そんなことを先輩の母さんが言う。元はというとこの人のせいだと思うんだけど……。
「今はお昼よ」
「言葉の綾よ」
先輩のクソデカため息が響く。
やめてほしい、外でそんな目立つことは。
「涼音、あーん」
「早く食べてもらっていいですか?」
本当にやめてほしい。周りの視線が気持ち悪いから。
「涼音のいじわるぅ……」
どうしようもない先輩を一瞥して、先輩の母さんに向かってこの面倒なのをどうにかしろという視線を向ける。
すると先輩の母さんはフッと笑って、イクラをご飯と一緒に食べていた。
おい。
「もう……」
このままでいいのか。
そんなあたしの疑問に答えるかのように、先輩の母さんは言う。
「一度全て出し切るのよ」
「干からびるんじゃないの?」
「大丈夫でしょ、涼香だし」
「そんな適当な」
母娘揃ってこの適当さ、しかも母の方は頭が良い分余計タチが悪い。
この人が大丈夫だと言うのなら、本当に大丈夫なのだ。先輩のような根拠のない自信ではなく、緻密に計算した上での発言や行動だからだ。
まあ、それを裏切るのが先輩なんだけど……。
「ひと月だけの我慢よ」
「これがあと一ヶ月も続くの?」
もう学校始まるんだけど……。あっ、でも先輩が大人しかったら平和か。
「この子の頑張り次第ね」
「悩むな……」
「涼音、早く食べなさい」
「え? ああ、忘れてました」
ひとまず、先輩のことを考えるのは中断して、あたしも目の前にある刺身もりもりの海鮮丼を食べ始める。




