水原家にて 35
その日の夕方、涼香の母が帰宅してきた。
リビングのテーブルにはお小遣いの入った段ボールが置かれている。
「答えを聞こうじゃないの」
リビングに入るや否や、そう言う母に腕を組んだ涼香が答える。
「明日答えるわ!」
「時間切れ」
そう言って赤色のボタンを押す。
「ああああ‼ なにをするのよ!」
涼香が母に掴みかかるが、それを母はいなした。
「よく見なさい」
「やっぱりどっちでもよかったんじゃん」
涼音が『お小遣い』と書かれた封筒をケースから取り出す。
「なんですって⁉」
恐ろしいものを見たような表情を浮かべる涼香。
なぜケースが開いてお小遣いが手に入ったのか。
「涼音ちゃん。説明してあげなさい」
「面倒だからやだ」
「反抗期?」
「この親子は……‼ 分かりました、説明すればいいんでしょ!」
涼音が、未だに恐ろしいものを見たような表情を浮かべている涼香のスマホを勝手に取る。
「ほら開いてください」
涼香に母とのトーク画面を表示させると涼香を椅子に座らせて説明を始める。
「『明日の昼食はそうめんかそうめんではないか』『そうめんだと思うのなら青、そうめんでないのなら赤のボタンよ』このメッセージを単純に考えればいいんですよ」
「考えたわよ」
「どこがですか」
不満げに言う涼香を鼻で笑う涼音。
「そうめんだと思うのなら、と、そうめんでないのなら。この違いですよ」
「決めるのは私達の自由だと言いたいの?」
「はい」
そうめんだと思うのなら――つまり、明日の昼食でいつも通りそうめんを用意されていると思うのなら、ということだ。それは涼音が言った通り、なにもしなければ、どうせ明日の昼食はそうめんなのだ。
そうめんでないのなら――これは、入れ替えた災害食を食べればいいのだ。災害食を明日の昼食として食べるかどうか、それを決めるのは涼香と涼音の二人だ。
つまり、どちらでも正解なのだ。
そういったことを説明した涼音。
「理解できました?」
「そっちだったのね……」
さも最初から分かっていたような雰囲気を醸し出しながら、涼香は髪を払うのだった。




