水原家にて 10
大人しく席に着いた涼香は大きく息を吐くと、テーブルに肘をついて指を組む。
「話を聞こうではないの」
「どうしてあなたが偉そうなのよ」
涼香の母も、テーブルに肘をついて指を組む。
鏡合わせのような光景。涼音は欠伸をしてその光景を眺める。
「私だからよ」
「まあいいわ。ねえ涼香、あなた補習に行っていたのね」
「どうかしら」
細められた母の目に、不敵な笑みで返す涼香。
高度な心理戦が始まったような雰囲気を醸し出す。
「行ってたよ」
「ちょっと涼音!」
そんなこと関係無いと、涼音が正直に答える。
「知っていたけど。それで、終わったのね?」
「ええ、終わったわよ」
その言葉に涼香の母は黙って頷いて口を開く。
「どうして補習へ行くことになったのか」
答えは知っているのだが。
「解っているでしょう?」
それを涼香自身に言わせて、自覚させねばならない。
涼香は鼻で笑い、髪の毛を払う。
そして真っ直ぐ母の目の見て言う。
「赤点があったからよ!」
「……どうして誇らしげなのかしら?」
「先輩だもん」
涼音に助けを求めるが、返ってきたのは、そんな理由にならないことのみ。
助けは得られないようだ。涼香の母は子供の成長を嬉しく思いながら話を続ける。
「私の想像の斜め上をいくとは、流石私の子供ね」
「ええ、そうでしょう? 私は天才なのよ」
「そうね、天災ね」
心からの笑顔を浮かべて答える。
そして冷徹に、現実を突きつける。
「あなた受験生よ」
その瞬間凍りつく空気、涼音は腕を組んで頷き、涼香は空気と共に凍りついている。
氷を叩き壊す勢いで涼香の母が言う。
「進路はどうするの? そもそも卒業できるのかしら?」
うんうんと頷く涼音。全くの他人事だった。
「社会に出ろとは言わないわ。出てほしくないし。でもね、流石にこのままだと涼音ちゃんにも迷惑がかかると思うの」
「もうかけまくり、あたし以外にも」
涼音も追い打ちをかける。砕かれた涼香が涙目で涼音を見る。
「酷いわ涼音……‼」
「真面目に話聞いてください。あたしも将来先輩のこと養えるとは限らないんですよ」
「私も働くわよ……」
口を尖らせる涼香に母が言う。
「どこで働くの?」
「……涼音の可愛さを全人類に知ってもらう会社とか」
「なに言ってるんですか」
「それならいいわね」
「っておい!」
「冗談よ」
「私は本気よ」
笑う母に真剣な表情の涼香。
似たような顔がそれぞれ違う表情を浮かべていて、涼音は少し頭が痛くなってきた。
涼音の気持ちは分かっているという風に、涼香の母は頷いた後涼香に向く。
「涼音ちゃんが嫌がってるからそれは無し。それで、あなたはどうするの?」
そう言われた涼香が恐ろしいものを見たような表情を浮かべる。
涼音の可愛さを全人類に知ってもらう仕事ができないとなると、もうできることがなにも無い。
拳を握り締めて、絞り出すような声で言う。
「なにも……できないわ……‼」
「その通りよ。そもそも一般的な仕事をあなたにさせたくないの。損害が大きいし」
まごうこと無き事実に、涼音はなにも言わない。
「だったらどうすればいいのよ」
そう俯いて言う涼香、その姿をクラスメイト達が見たらどう思うだろうか? 涼音はそれを想像して笑いを堪える。
「勉強をすれば解決よ」
「勉……強……?」
雑な教材漫画の導入みたいな言葉に、涼香は超自然的存在を見たような表情で母を見る。
「勉強とは、ものを識り、自ら考え、生み出す。その訓練よ。……知らないけど。多分きっとそう。多分……」
「締まらないわね」
我に返った涼香がツッコむ。
「作戦よ。あなたもまだまだね」
腕を組んで勝ち誇った顔をする涼香の母である。




