夏休みの三年生の教室にて
「方程式ってかっこいいわよね」
「別に」
「単純な方程式はできるのよ」
「そう。じゃあやってみ」
「任せなさい」
そうやって問題を解いている涼香を見ながら。
「……どうやったら、ずっと仲良くいられんの?」
彩は自然に切り出す。
「あら、続き?」
手を止めた涼香が嬉しそうに笑う。
「いいから答えろ」
「質問に答えろと、問題を解け、をかけているのね。なかなかやるではないの」
「うっざ」
「冗談よ。そうね、この問題の答えは分からないけど……。どうしてかしら?」
「まだ単純な方程式なんだけど? なんであんたが分からないの」
「yが出てきたら単純ではないわよ。ねえ綾瀬彩、あなたにとって家族ってどういうもの?」
「はあ?」
「別に家族関係で夏休みにも関わらず学校へ来ているわけではないでしょう?」
「そうだけど……。別になんというか、家族は家族じゃない? いるのが当たり前っていうか、そんな感じの。あたしにとっては――の話だけど」
「私と涼音もそんな感じよ。知らないけど」
「家族ってこと?」
「それが一番近いかしらね」
涼香に勉強を教えながら、彩は涼香の言った言葉を咀嚼する。
「それが一番近い……か……」
解るような解らないような。今まで当たり前に受け入れていたものを自覚することはなんだか奇妙な感じだ。
菜々美やここねのような恋人同士、その先の深い他人同士の繋がりではなく、兄弟や親子のような血の繋がった家族……。
「姉妹ってこと?」
思考を纏めるように、慎重に言葉を選んだ彩に、涼香は恐ろしいものを見たような表情で答える。
「でも涼音はお姉ちゃんって呼んでくれないのよ」
「なんだそれ」
真面目に考えていた自分がバカに思えてしまう彩であった。




