テスト後にて 3
「それで? 夏美が関係してるってどういう意味?」
「そんなに構えないで睨まないで。可愛い顔(涼音には及ばない)が台無しよ」
「うっさいわね」
涼香は、どこから話そうかと少し考える。
彩は頬杖をついて、横目で涼香を見ながら言葉を待っている。
「涼音はね、同級生に素っ気ないのよ」
そうやって語り出したことは、涼香が頻繁に言っていることだった。そのことは彩もよく聞かされていたし、夏美の話から、それが事実だということも知っている。
「らしいね。夏美も言ってた」
「そうなのよ。あの子は昔からそうだったわ。『涼香ちゃん以外に友達とかいらないもん!』って。今も当然可愛いけど、あの頃も可愛かったわ……」
「あーはいはい。それは分かったから」
話を脱線させた涼香に、彩は冷たい目を向ける。涼香は、軽く咳ばらいをして再び語り出す。
「私はね、あの子に友達を作ってほしいのよ。私も、ずっと涼音と一緒にいたいわ。だけど、もし一緒にいられなくなった時、例えば――」
そこで一度涼香は言葉を区切る。
そして、続く言葉を聞いた瞬間。夏に似合わぬ極寒の風が、彩の胸を突き刺した――ような錯覚を覚えた。
「私が死んでしまった時とか」
彩は涼香の発言をかき消さんと、思わず立ち上がって声を張り上げる。
「はあ⁉ ギャグ世界の住人みたいなあんたが死ぬわけないでしょ!」
しかし涼香の瞳は真剣そのもの。いつもの涼香とは違う様子に彩はたじろぐ。
「私がもし死んでしまったら、涼音は間違いなく後を追うわ。私しかいないから。私とずっと一緒にいたいから。涼音にとって、私の存在しない世界なんてなんの価値も無いのでしょうね」
あまりの情報の迫力に、彩はなにも言うことができなかった。
「だから……あの子には友達を作って、この世界に、私以外にも価値のあるものを作って欲しいのよ」
そう言って涼香は微笑む。
「と言うのは冗談よ」
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉」
あまりの落差に身体を仰け反らせた彩である。
「私は涼音の可愛さを世界に広めたいの!」
「知るかぁっ‼」
彩の叫びが、放課後の学校に響き渡る。
座っている涼香の肩を持って激しくてシェイクする。未だに真っ白な灰の涼香は崩れてしまいそうだった。
「あんたがそれっぽい雰囲気出してたから信じたよ! やっぱバカだろ!」
「その言葉そっくりそのまま返すわ! 騙された方がバカなのよ!」
「夏美のくだりは嘘ついたっての⁉」
段々と涼香は真っ白な灰状態から元の姿に戻ってきていた。
「嘘ではないわよ、でも涼音は友達を作ったほうがいいと思っているのは事実よ! でも涼音は嫌がっているわ! だから強制はできないのよ!」
さっきまでの空気が嘘のようだった。彩は夢でも見ていたような気がしていた。
「えぇ……」
「この話は前に一度やったわ!」
「あたし知らないし……。結局なにが言いたいのあんたは」
いつも通りの涼香は、綺麗に片目を閉じて人差し指を立てる。
「これからも涼音と仲良くやって欲しいわ」
「うっざ……。自分で夏美に言えよ」
結局、最初のあの空気と言葉はなんだったのか。涼香の語ったことは全て冗談なのか。それは彩には解らなかった。
「嫌よ。話題を提供してあげたのよ、むしろ感謝しなさい」
「本当うざい。でもまあ……感謝してやるか」
なに一つ解らなかったが、この涼香のことは解らないということは解っている。というか、多分ほとんどの三年生が涼香のことをそういうものだと認識している。
「そろそろ私は帰るわ。ありがとう、久しぶりにこうして話せて楽しかったわ」
リュックを背負って立ち上がった涼香は、そうやって教室を後にする。
「本当に羨ましいわ……ん?」
その呟いた彩は、教室に自分一人しかいないことを改めて確認する。
教室の戸締りは、最後まで教室に残っていた生徒がすることになっている。ここは涼香のクラスなんだし、涼香が戸締りをするはずなのだが、その涼香は帰ってしまった。そういえば妙に早足で出ていった気がする。
「水原ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」
彩の叫びが、再び放課後の学校に響き渡るのだった。




