テスト後にて 2
「え、うざ……」
そう言った彩は、不愉快そうに顔をしかめながらズカズカと教室内へと入ってくる。
涼香は、せっかく可愛い顔(涼音程ではない)をしているのだからもっと笑えばいいのに、と思いながら彩を迎え入れる。
「あなたが来るなんて珍しいわね。明日は雪でも降るのかしら?」
「はあ? 別になんだっていいでしょ?」
彩は菜々美と同じクラスの生徒だ。しかし、菜々美と違って涼香のクラスに来ることはほとんど無い。
そんな彩が涼香のクラスにやって来たということは、それなりの事情があったのだろう。
「冗談よ。喧嘩はしていないわよ。だって……あの子は私と喧嘩したくないから」
さっきの答えを彩に返しながら、涼香は髪の毛を払う。
涼香の含みを持たせた言い方に、早速帰ろうかと思っていた彩は、うへぇと辟易した顔をして、涼香の前の席、さっきまで涼音が座っていた席に座る。
「そう。でもあの子、走ってったんだけど?」
「車と自転車に気を付けて帰ってほしいわね」
頬杖をついた彩が涼香を横目で見ながら言ったが、涼香はわざとなのか天然なのか、適当な言葉を返す。
「はあ? あんたあたしを引き止めたくせしてなに適当なこと言ってんの?」
「引き止めていないわよ。あなたが自分の意志で残ったのでしょう?」
恐らく、いつもの涼香なら、問題児扱いされている涼香なら、含みを持たせた言い方をしても適当に流していた。それなのに、彩は涼香の前に座って話をしようとした。
「うっざ。バカのくせに……」
「バカと言った方がバカなのよ! 私に謝りなさい!」
「あーはいはい。そういうのいいから」
どこかいつもの雰囲気とは違う涼香を、彩は放っておけなかった。
「稀にしか登場しないくせに。あなた、実は私のこと結構好きでしょう?」
「バカだと思ってる。それで? 檜山となにがあったの?」
「そうね。あれは私が物心ついたころの話よ――」
「そこまで遡るならやっぱあたし帰るわ」
「冗談よ。そうね、ここにいるのが彩、あなたで良かったわ」
そう言う涼香は、いつもの言動からは信じられない程、美しかった。
モデルのように他者を圧倒するような、生まれ持った容姿、努力の末手に入れた美しさではなく、ただ美しい。なにを考えずとも、ただ目に入るだけでその美しさを本能で理解する。自然が織り成す絶景、長い年月をかけてできる水晶のように、努力では決して手に入らぬ美しさ。生まれ持った容姿が優れていた、などと言われる数多の人間すら超越する、正に奇跡、自然の神秘。そんな言葉が似合う唯一無二、それが水原涼香という人間だった。
しかし彩を含め、涼香の同級生はもれなく全員が『涼香と言えば?』と聞かれたら口を揃えて『問題児』と答える。涼香と言えば『超絶美人』という答えは、涼音を除く下級生の答えだ。
それ程までに涼香は超絶美人という印象がなくなっている。故に涼香を見ても黄色い歓声など上がらず、ドジのフォローを準備するか身を守るか、という行動を取ってしまう。
そのはずなのだが、今の涼香を見た彩は、思わず涼香に見入ってしまっていた。
まさか涼香に目を奪われるとは、彩自身も思っていなかったようで、彩は頭を振ると冷静になれと深呼吸をする。
「あっそう……。それは、夏美が関係してる?」
彩は涼香を見ないように口を開く。
「流石成績上位者ね」
涼香が微笑んだ気がした。
伊藤夏美――以前涼音に相談を持ち掛けた生徒。彩の中学からの後輩。彩の大切な後輩。
「そりゃどうも。あんたが低すぎるだけな気もするけど」
「それはどうかしら」
いつもみたいに涼香が話す。それに彩は安堵しながら、その安堵を悟られないようにあくびをするふりをする。
そして再び彩が涼香を見ると、そこにはいつも通りの涼香(の真っ白な灰状態)がいるのだった。




