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百合の一幕 涼香と涼音の緩い日常  作者: 坂餅


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198/927

テスト後にて 2

「え、うざ……」


 そう言った(あや)は、不愉快そうに顔をしかめながらズカズカと教室内へと入ってくる。


 涼香(りょうか)は、せっかく可愛い顔(涼音(すずね)程ではない)をしているのだからもっと笑えばいいのに、と思いながら彩を迎え入れる。


「あなたが来るなんて珍しいわね。明日は雪でも降るのかしら?」

「はあ? 別になんだっていいでしょ?」


 彩は菜々美と同じクラスの生徒だ。しかし、菜々美と違って涼香のクラスに来ることはほとんど無い。


 そんな彩が涼香のクラスにやって来たということは、それなりの事情があったのだろう。


「冗談よ。喧嘩はしていないわよ。だって……あの子は私と喧嘩したくないから」


 さっきの答えを彩に返しながら、涼香は髪の毛を払う。


 涼香の含みを持たせた言い方に、早速帰ろうかと思っていた彩は、うへぇと辟易した顔をして、涼香の前の席、さっきまで涼音が座っていた席に座る。


「そう。でもあの子、走ってったんだけど?」

「車と自転車に気を付けて帰ってほしいわね」


 頬杖をついた彩が涼香を横目で見ながら言ったが、涼香はわざとなのか天然なのか、適当な言葉を返す。


「はあ? あんたあたしを引き止めたくせしてなに適当なこと言ってんの?」

「引き止めていないわよ。あなたが自分の意志で残ったのでしょう?」


 恐らく、いつもの涼香なら、問題児扱いされている涼香なら、含みを持たせた言い方をしても適当に流していた。それなのに、彩は涼香の前に座って話をしようとした。


「うっざ。バカのくせに……」

「バカと言った方がバカなのよ! 私に謝りなさい!」

「あーはいはい。そういうのいいから」


 どこかいつもの雰囲気とは違う涼香を、彩は放っておけなかった。


「稀にしか登場しないくせに。あなた、実は私のこと結構好きでしょう?」

「バカだと思ってる。それで? 檜山(ひやま)となにがあったの?」

「そうね。あれは私が物心ついたころの話よ――」

「そこまで遡るならやっぱあたし帰るわ」

「冗談よ。そうね、ここにいるのが彩、あなたで良かったわ」


 そう言う涼香は、いつもの言動からは信じられない程、美しかった。

 モデルのように他者を圧倒するような、生まれ持った容姿、努力の末手に入れた美しさではなく、ただ美しい。なにを考えずとも、ただ目に入るだけでその美しさを本能で理解する。自然が織り成す絶景、長い年月をかけてできる水晶のように、努力では決して手に入らぬ美しさ。生まれ持った容姿が優れていた、などと言われる数多の人間すら超越する、正に奇跡、自然の神秘。そんな言葉が似合う唯一無二、それが水原(みずはら)涼香という人間だった。


 しかし彩を含め、涼香の同級生はもれなく全員が『涼香と言えば?』と聞かれたら口を揃えて『問題児』と答える。涼香と言えば『超絶美人』という答えは、涼音を除く下級生の答えだ。


 それ程までに涼香は超絶美人という印象がなくなっている。故に涼香を見ても黄色い歓声など上がらず、ドジのフォローを準備するか身を守るか、という行動を取ってしまう。


 そのはずなのだが、今の涼香を見た彩は、思わず涼香に見入ってしまっていた。


 まさか涼香に目を奪われるとは、彩自身も思っていなかったようで、彩は頭を振ると冷静になれと深呼吸をする。


「あっそう……。それは、夏美(なつみ)が関係してる?」


 彩は涼香を見ないように口を開く。


「流石成績上位者ね」


 涼香が微笑んだ気がした。


 伊藤(いとう)夏美――以前涼音に相談を持ち掛けた生徒。彩の中学からの後輩。彩の大切な後輩。


「そりゃどうも。あんたが低すぎるだけな気もするけど」

「それはどうかしら」


 いつもみたいに涼香が話す。それに彩は安堵しながら、その安堵を悟られないようにあくびをするふりをする。


 そして再び彩が涼香を見ると、そこにはいつも通りの涼香(の真っ白な灰状態)がいるのだった。

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