休み時間の三年生の教室にて 9
ある日のこと。
「大変よ! 涼音が溶けてしまってるわ!」
「溶けてませんよ」
唐突にそう叫んだ涼香に、涼音は思いっきり顔をしかめる。
「先輩の脳みそが暑さで溶けたんじゃないんですか?」
「涼音が意地悪を言ってくるわ……」
「えぇ……、なんかすみません」
その場で泣き崩れる涼香をよそに、涼音は目の前の机に置かれた紙を見る。
『涼音の欲しいもの』と書かれたその紙、三年生の教室に呼ばれたかも思えば、これを書いてと言われたのだ。
欲しいものは特に無いのだが、書かないと帰らせてくれる気がしない。休み時間なのにどうしよう。
「どうしたの? 早く書かないと休み時間が終わるわよ」
立ち上がった涼香が、涼音の背後から紙を覗き込む。
「そう言われても……、欲しいものとか別に無いんですよね」
「私はあるわよ」
「じゃあ先輩が欲しいもの書きますか?」
「なにを言っているのかしら、私の欲しいものを書いても仕方がないでしょう?」
涼香がそう言った途端、教室内がざわつきだす。
「え、先輩がまともなこと言ってる……」
「私に失礼ではないの?」
涼香はやれやれと頭を振る。なにがやれやれなのだか分からないが、とりあえずやれやれだった。
涼音は、涼香から借りたボールペンで頬をつっつきながら、どうしたものかと考える。
これを書いてと言われる理由はなんとなく分かる。ありがたいことに、自分の誕生日に欲しいものを用意してくれるということだろう。ただ、なぜこうして紙に書かなくてはならなのかは分からないが。
「どうしても思いつかなければこういうのはどうしかしら?」
そう言って涼香が涼音からボールペンを受け取り、そして『水原涼香』と書く。
「あ、そんなものでいいんですね」
「そんなもの⁉」
恐ろしいものを見たような表情を浮かべる涼香であった。




