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百合の一幕 涼香と涼音の緩い日常  作者: 坂餅


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159/928

休み時間の三年生の教室にて 9

 ある日のこと。


「大変よ! 涼音(すずね)が溶けてしまってるわ!」


「溶けてませんよ」


 唐突にそう叫んだ涼香(りょうか)に、涼音は思いっきり顔をしかめる。


「先輩の脳みそが暑さで溶けたんじゃないんですか?」


「涼音が意地悪を言ってくるわ……」


「えぇ……、なんかすみません」


 その場で泣き崩れる涼香をよそに、涼音は目の前の机に置かれた紙を見る。


 『涼音の欲しいもの』と書かれたその紙、三年生の教室に呼ばれたかも思えば、これを書いてと言われたのだ。


 欲しいものは特に無いのだが、書かないと帰らせてくれる気がしない。休み時間なのにどうしよう。


「どうしたの? 早く書かないと休み時間が終わるわよ」


 立ち上がった涼香が、涼音の背後から紙を覗き込む。


「そう言われても……、欲しいものとか別に無いんですよね」


「私はあるわよ」


「じゃあ先輩が欲しいもの書きますか?」


「なにを言っているのかしら、私の欲しいものを書いても仕方がないでしょう?」


 涼香がそう言った途端、教室内がざわつきだす。


「え、先輩がまともなこと言ってる……」


「私に失礼ではないの?」


 涼香はやれやれと頭を振る。なにがやれやれなのだか分からないが、とりあえずやれやれだった。


 涼音は、涼香から借りたボールペンで頬をつっつきながら、どうしたものかと考える。


 これを書いてと言われる理由はなんとなく分かる。ありがたいことに、自分の誕生日に欲しいものを用意してくれるということだろう。ただ、なぜこうして紙に書かなくてはならなのかは分からないが。


「どうしても思いつかなければこういうのはどうしかしら?」


 そう言って涼香が涼音からボールペンを受け取り、そして『水原(みずはら)涼香』と書く。


「あ、そんなものでいいんですね」


「そんなもの⁉」


 恐ろしいものを見たような表情を浮かべる涼香であった。

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