港町の男1 <異世界の空>
キキキィィィ――――――ン
ジェットエンジンの甲高い音を響き渡らせながら、海上自衛隊のP-1哨戒機はとある港町の上空へと到達した。
「港に停泊しているのは全て帆船です。クレーンや自動車も確認できません」
「了解。もう少し飛行を続けるから、町の様子も確認して」
「了解」
機上整備員と戦術航空士の間でそのような会話が交わされる哨戒機の下には、帆船に馬車、石造りの古めかしい建物が広がっていた。
「信じたくはなかったが、異世界に来たのはどうやら本当だったみたいだな」
「ええ、そもそも地球だったらこんなところに陸地はありませんし・・・」
十数日前、日本は突如として海外との通信がすべて絶たれ、夜空に浮かぶ星の位置、月齢までもがまったく違うものになるという異常事態が発生した。そして政府の総力を挙げた調査と慎重な検討の結果、日本は地球ではないどこかの惑星、本来とは異なった世界へと転移してしまったのではないかという結論が出されたのだ。
そして哨戒機はここが異世界であるという結論を夜の空からではなく海や陸からも確認し、できることならばこの世界にはどのような文明があるのか、そもそも文明があるのかということを調査するために派遣されていたのである。
一方、哨戒機が飛ぶ空の下、港町の住民たちは突如として現れた空を飛ぶ正体不明の物体にパニックを起こしていた。
「な、なんなんだあいつは!」
「建物に逃げ込め!」
奇怪な音を町中に響き渡らせ、無機質な機体に太陽の光を反射させながら空を飛ぶ哨戒機に人々はすべてを放り出して逃げ惑い、馬は暴れて道を走り回る。
だがそんなパニックを起こす町の中でただ一人、誰もが恐れて逃げ惑うそれをただじっと見つめている男がいた。
・・・・・
それが上空に現れた時、俺は夢でも見ているのではないかと思った。元々いた世界の空とこの異世界の空の違い、それはこの異世界では空を飛ぶものは鳥しかいない、と思っていた俺の前に突如として飛行機が現れたのだ。
そのうえ、真っ白な機体に赤い円と「海上自衛隊」と書かれたその飛行機は紛れもなく俺の生まれ故郷、日本の自衛隊の哨戒機である。
最初、俺はその哨戒機は俺と同じようにこの異世界へと迷い込んできたのではないかと思った。もし、彼らがこの国のどこかへ不時着するようなことがあればなんとか力になることはできないかと考えたほどである。
だが、哨戒機は町の上空を旋回すると再びもと来た方向、遥かなる海の方へと帰っていったのである。
この異世界へと迷い込んだ哨戒機がせっかく見つけたであろう陸地に不時着するわけでもなく海へと戻る理由、帰る陸地がなければ広大な海に溺れに行くようなものであるにも関わらずに帰る理由。
・・・そんな、まさかそんなことがあるのだろうか。