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出会い

ニコラス視点

ニコラスは伯爵家の嫡男として育ってきた。

そして重要な職務を担うアーランド家に生まれたことを誇りにも思っていた。


けれど若いニコラスはまだ、輝かしい功績の裏には薄暗い恨みが募る事を理解していなかった。

だからあんな事件に巻き込まれた。


ある日、街に買い物に出ると暴漢に誘拐された。裁判に不満のある者が人買いを使って、アーランドの子供に復讐しようとしたのだ。


多分生きて帰す気もなかっただろうが、わずかな幸運を掴み生き延びた。


それがコノエとの出会いだった。




「生きてる?」


ニコラスは耳元で聞こえる声に意識を浮上させられた。同時に体中の激しい痛みに呻き、怪我をしていることに気づいた。目も良く見えない。


「ぐっ…」

「深手はないと思うから、自分で付いてきて。貴方大きいから私じゃ運べない」

「はっ…?」


正直、生きてきた中で一番重体だと思う。なのに目の前の誰かわからない人物は自力で立てと言う。


「ここに居たければ好きにして。多分死ぬよ」


視界が遮られているため、ここがどこかもわからない。不安を覚えて痛みを堪えて立ち上がる。少なくても今目の前の人物は自分を害する気はないのだと思ったからだ。なぜなら放置しておけば勝手に死んでくれるのだから。


声の主は幼い少女のようだけど、辛辣だな…


手を引かれてどこかの建物に入ったようだった。そこには沢山の子供の声で溢れていた。


「ねーちゃんおかえり!また新しい子拾ったの?」


拾った…?


賑やかな部屋から少し静かな部屋に移動して座らされる。


「消毒するから手を出して」

「ここはどこ…?」

「ここは南地区。捨てられた子供達が集まっている貧民区域」

「南…?!僕は人買いに攫われて…捨てられたんじゃなくて…!」

「だろうね。どう見てもいいとこの貴族の子みたいだし、でも攫われてくる子は珍しくないよ」


何か言おうとしたら目に痛みが走った。暴漢に襲撃を受けた時に催涙剤のようなものを受けたからかもしれない。


「目、は医者に見せないと無理かな」

「医者がいるの?」

「やぶだけどね」

「え?」


その後酒臭いじいさんが診察をしてくれて、薬を出された。時間が経てば視力は戻るといわれ、少しだけ安心する。しかしその薬を飲んだ後、熱をだした。


「じいさんの薬は効いたり効かなかったりするけど、大抵熱を出すのよね」


いや、これだけ苦しい思いして効かなかったらダメだろ…


「…君は何歳くらいからここにいるの?何で捨てられたの?」


少女が近くにいる気配がしたので、熱に浮かされながら質問してみた。少々無遠慮な質問だったが、それを気遣える様な気力がなかった。


「二年前。捨てられたんじゃなくて、母が攫われて一人になったの。この南地区って紛争地域だから、戦力になる男性の立場が高くて、逆に女子供はないに等しいの。父が戦争で亡くなってから母が一人で育ててくれてたんだけど…。生きていてくれたらいいなと思う」


まさか南地区がそこまで殺伐としているとは思わなかった。東地区は一番治安がいいため、誘拐事件も稀くらいだ。


父上…


「僕は帰れるだろうか?東地区までの道を知っている?多分家から捜索隊が出てると思うんだ。どこかで合流できれば…」

「地区の移動には許可証がいるから、行けるとしたら南地区の一番大きな都市くらいまでだけど、近くはないわ。移動にお金もかかるし」

「家の者に会えれば、謝礼は払えると思う」


少女はじっと考えた後、口を開いた。


「そうね、帰れる家があるなら帰った方がいい。ただ準備がいるんだけど、貴方は…えっと、貴方名前は?」

「僕は、ごめん言えない」

「ああ、誘拐中だものね。確かに貴族の名前は使わない方がいいわ。事情はわかるからそんな顔しなくてもいいよ」


それでも助けてくれたのに名前も言えないのが申し訳なかった。


「じゃあ私も名前は言わないわ。これで平等でしょ」

「平等…?」


貴族に生まれて、兄弟もいない自分にとって、それは初めての言葉だった。いつも見返りを求められる事なく与えられるだけだったから。


けれど悪い気分じゃなかった。


次の日、ニコラスは水を渡されたと思い飲むと、あまりの苦さに吐き出した。


「ぶはっ」

「あー兄ちゃんが苦り水吐き出した!もったいねー」

「これは…飲み物じゃないだろう?」

「それね、滋養強壮に効く葉を煎じたもので体力回復にいいの。まずい紅茶とでも思って」

「紅茶とは全然違うだろ!」


口に残る何ともいえない青臭さを噛み締めながら、ニコラスは文句を言う。


「兄ちゃん紅茶飲んだことあんの?果実水はある?いいなあ、すごく美味しい飲み物なんだろ?」

「え…?」


まさか知らないのか?


「ここの子供の大半は貴族でもない貧しい平民の子供だもの。紅茶って高級品なのよ?苦り水の葉だって本当に食料がない時は非常食になるんだから」

「葉…?葉っぱを食べるのか?」

「ここは孤児院でもなんでもないから配給なんてないし、食べ物も水も自分たちで確保しなきゃいけないの。子供が出来る仕事なんて微々たるものだしね」


自分の知っている世界と違いすぎて言葉にならなかった。ならばこの水も、怪我人の自分に子供たちが恵んでくれたものだ。


「…いつか僕の好きな紅茶を飲ませてやりたいな」


小さく呟いた言葉を少女は聞いていたが、何も言ってはこなかった。


少し体調がよくなってくると、今度は寝たきりが暇で仕方なかった。


「僕はいつになったら帰れるのかな?」

「今は無理。目はまだ見えないみたいだけど、身体は大丈夫そうね。じゃあ仕事を手伝って」


ばさりと手渡されたのは簡単な内職だった。目が視えなくても出来そうなものだ。けれど…


「僕が?貴族の僕がこれをするの…?」

「この子供の家では身分は皆同じよ。誰でも同じように餓えるし死ぬわ。貴方は自分で食料を獲れないんだもの。いつも誰かのものを貰っているの、なら貴方もその分誰かの為に返さないとね」


少女は自分よりも何歳も年下だった。けれどここではとても慕われていたし、誰よりも厳しく、そして平等に優しかった。


貴族の矜持はあっても、彼女の言い分は正しいと感じていたので出来る事は手伝った。自分は命を救われたのだから、それを仇で返すような人間にはなりたくなかった。


視力がないと、耳がよく聞こえるようになった。仕事中どこからか綺麗な音がするので、彼女に聞いてみる。


「音…?ここには楽器はないけど、ああ、あれかしら」


そして目の前に見えにくいが、何かいい匂いのするものが宛がわれた。


「どこにでも生えている花だけど、子供たちがよく摘んでくるのよ。これ葉が風に靡いて鈴のような音に聞こえるの。だから正式名称は知らないけど、昔、母が鈴鳴草なんてつけてたわ」

「へえ、ちゃんと見てみたいな。君も好きな花?」

「まあ、一番よく見る花だからね。なじみ深いわ」




そんな会話から数日、街に行く日がやってきた。行商人が通るので、お金を渡して乗せてもらうのだ。


「じゃあ移動費と、今までの宿泊代兼謝礼としてこれくらいね」


お金の取り決めは大事だからと事前に話される。君はしっかりしてるなあと笑うと彼女も少し笑った気配がした。一緒に暮らした分、距離も少し縮まったのを感じていた。


うまくいけばこれでお別れなのかな…


徐々に寂しい気持ちが膨れだしたが、街に行くとすぐに伯爵家の護衛に見つけてもらった。誘拐犯のルートを辿って南を捜索してくれたそうだ。


護衛と一緒に彼女に礼を言うと、取り決めた分の支払いをする。けれど護衛はよければともう少し謝礼を上乗せしてくれようとした。しかし、彼女は首を振って拒否した。


「どうして?貰えるならもらっておきなよ」

「私は貴方と仕事上の適正な価格を話し合って貰ったわ。これ以上は貰い過ぎだから」


彼女は、孤児だが憐れまれて施しを受けるのは違うと訴えているようだった。


短い間だったが、彼女の側にずっといた。彼女は平等で誰にも遜らない、だから誰も見下さない。


どこかで、彼女たちを見下してたのは僕だ


自分は貴族で、人を使い傅かせる立場で、しかしそれは自分の努力で手に入れたものではない。けれど彼女は自分の手に入れた物だけで世界を作り、前を見据えて立っている。それでいて、自分がどんな立場でも僕のような人間を助ける志を持っている。


貧しい生活をしていても、汚い服に身を包んでいても、何も持っていなくても、彼女は彼女であるだけで人に必要とされるだろう。子供たちに慕われていたように。


自覚すると、自分がとても恥ずかしくなった。


身分の違いは確かにある、けれど人として彼女と同じ場所に立ちたかった。何よりそんな心を持った人の側に自分がいたかった。惹かれないはずがないだろう。


「いつか、いつか迎えにくるから。待ってて…」


この目が視えないのがもどかしい。何も言わない彼女はどんな表情をしていたのか。呆れていたのか、笑っていたのか、それが彼女と会った最後だった。



数年後、同じ場所に来るともう彼女はいなかった。紛争が落ち着き、子供の家は解体されあの頃にいた子供たちは散り散りになったようだ。ただそれを見ていた幼い子供をやっと見つけられた。


「貴族に連れていかれた人じゃないかな?でも人買いみたいに無理やりじゃなくて、話をしていたみたいだった。俺達にも食料や服をくれてさ」

「貴族…?何か特徴はありませんでしたか?髪や服装とか」

「うーんと…あっそのにーちゃんと同じ金髪で緑のマントを着てたよ」

「東の人間…」


尋ねていた秘書が茫然としているニコラスに話しかける。


「東の貴族のようですね。ただ子供たちを買収したのを見ると、奴隷などの下働き目的で連れて行ったわけではないみたいです」

「どういう事だ?」

「奴隷なら問答無用で連れ去ります。穏便にと考えたのでしょう。結婚はまだ早い年齢なので、養女…の可能性が高いですが流石に特定はできません。理由もわかりませんしね」


やっと迎えに来れたのに、失望を隠せなかった。


「後継者問題は貴族の重要機密のひとつなので、安易に探ったりはできません。けれどもし貴族になったのなら必ず成人前に社交の参加で表に出てきます」

「…それで?」

「未婚の社交は結婚相手を見繕う場です。それを理由に探すしかありませんけど、単純に相手の詳細を公表してしまうと偽物が続出するでしょう」

「僕は表には出られないのに、じゃあ、どうやって…?」


それから秘書の狂気じみたお茶会計画に乗るのは、少し後の話になる―——

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